絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「…………」
 順序よく本を買い、材料を揃えて慌ててスーパーから出てようやく気付く。
 今からタクシーを拾わなければ、家に帰れない。ということは、この荷物を抱えて、大通りまで出なければならない……。
 カレー作るのに、一体どれだけ時間が必要なんだ……。
 信じられないほどのエネルギーと時間の消費が気になりながらも、それでも、好きな人に手料理を作ることくらいできなければと、必死で前に進む。 
深夜一時過ぎ。タクシーはそれなりに走ってはいるだろう。大通りに出ると、手を上げて、大人しく待つことにする。
 何タクシーでもいい。とにかく空いていれば、と待っていたのに、目の前に停車した車は、どこかで見たことがある、白のポルシェだった。
「どちらまで?」
「…………」
 最悪の展開だ。
「いえあの、私急いでて家に帰らないと……」
 こんなことをしている場合ではない。だが、黒崎に会うとすんなり返してくれない気がして、目を逸らすしかなかった。
「こんな時間に買い出し? 危ないよ。一人で」
 確かにそうですね。
「ちょっと急ぎで……」
「いいよ。送ったげる。ちょうど今空いてるし」
「いえそんな、大丈夫です!」
「どうしたの?」
 黒崎は穏やかに笑った。
「何もしないよ。送ってあげるだけ。このまま俺も仕事に戻るし。ほんとついでだよ」
 彼は車から降りると、後部座席のドアを開けた。
「はいどうぞ。女友達との友情は信じてないけど、今はまだ友達だから」
 黒崎は何がおかしいのか笑うと、その体制を崩さない。
 香月は決心し、新東京マンションまで送ってもらって、もしバレれば、巽にどうにかしてもらおうと、そのまま乗り込んだ。
 ドアは軽く閉まり、密室状態になる。
「電話くれなかったね、あれから3日か……。待ってたんだけど」
 香月はそれを遮り、
「新東京マンションまでお願いします」
「新? あれ、ルームシェアは東京マンションの方でしょ?」
「今日は新の方でいいです」
「……そこに住んでるの?」
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