絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
部屋の中は一人ではない。女が一緒にいる。
 ゆっくりとドアを見据えた。のぞき穴からこちらを見ているに違いない巽の顔がどんな風に変化したのかはここからは分からなかったが、少なくとも、相手からは私の表情の変化が見えたはずだ。
「……何? 誰といるの?」
 聞かずにはいられなかった。
「仕事だ。いいからもう帰れ。話は後で聞く」
「呼んだの自分じゃん!」
 最後まで聞いてはくれなかった。電話はあまりにもむなしく、簡単に切れる。突然、絶望感でいっぱいになり、二度、大きな音を立ててドアを叩いた。だが、中からの反応はなかった。何も、聞こえていないのかもしれない。
 ロビーで朝まで待っていれば会える確率はいくつかあるかもしれない。
 だが、そんなことにももう疲れていた。
 待つ生活が嫌で、嫌で、仕方ない。できることなら、自分自身を許せるのなら、巽を待つ生活をもうやめたかった。
 本気かどうかも分からない、そんな相手を延々待てるほど、もう子供ではなくなったということだろうか。
 帰りがけ、コンビニで買った下着を同じコンビニのごみ箱に捨てた。
 泣いて、泣いてないたって、何にも巽には伝わらないのだと思った。それでも涙は出た。巽の秘書と名乗ったのは、もしかたら巽の悪事によって騙されている私に、内部告発したのかもしれない。いや、そうとしか考えられなかった。
 だとしたら、いい機会になった。
 巽を完全に忘れようとする、いい、機会になったのだ。
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