絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 帰る場所があって、良かったと思う。誰かが待っている場所へ行くことが、帰るということだと思うから。 
 そう思い、2人を懐かしみながら久しぶりに東京マンションに帰ったにも関わらず、誰もいない静かな空間で風呂に入りながら、香月は一人、泣いていた。
 最初から、合わなかった。
 自覚していた。拳銃を振り回すような男と、合うはずがない。
 自分は、あの財力に魅了されていたのだ。
 誰でも、彼のような男ならば、惹かれるに決まっている。だから、たまたま私も同じように惹かれ、終わっただけのこと。
 きっと巽は、特別選んだわけでもなく、ただ、そこにいたからマンションの鍵を渡したにすぎないのかもしれない。きっと、それは、失くしてもいいような鍵で、もしかしたら、もう電話もかかって来ず会うこともないかもしれない。
 そこまで自らを追い詰めて、思い切り泣き、ぼんやり風呂から出て来たのにも関わらず一番に携帯電話を確認する。
 着信を示す、青の点滅。
 香月は息を飲み、ゆっくりと携帯を開き、中を確認した。
 着信、巽さん。
 そうだ。後で電話をかけると言っていた。着信は5分前に一度だけ。
かけなおす……。
そう心では決めていたのに、頭は、どうしようどうしようと、意味もなく迷うフリをする。
 どんなに迷ったって、かけるにきまっているくせに。
 結局香月は一分だけ待って、発信ボタンを押した。
 なんと、一コールで相手はすぐに出る。
「もっ、もしもし?」
「少し、出られるか?」 
 声が優しい。
「……どこに……」
 騙されている。
「今はまだ中央区だが」
「……さっきのホテルなら行かないよ」
 まさか、知らない女と寝たような部屋に、同じように呼びつけようとしているのか。
「マンションの下に桐嶋を待たせている。気が向いたら、降りて来い。明日の準備をして」
「…………、さっきの電話、秘書の人からだったよ。桐嶋さんじゃなかったけど」
 溜息が聞こえた。
「顔を見て説明しないと納得しないだろう?」
 騙されに行く自分が、憎い。なのに口から出る言葉は、
「……分かった。行く」。
 東京マンションの前で待つ桐嶋は、ここに香月がいるかどうか探し回っただろうか。答えはノーに決まっていた。そんなことをしなくても、香月の行動は把握できる範囲内のものである。
 全てのことに溜息をつきながらも、ちゃんと明日の準備をし、淡々とリムジンに車に乗り込んでしまう。
「桐嶋さん、川向という秘書の人はいますか?」
「秘書は私一人です」
 そんなはずないのにと、強く思う。
「秘書と名乗る人から私に電話がありました」
「私は電話をかけていません」
「ですよね……」
 何をしに自分は中央区まで行くのだろう。
 いったい、何のために……。
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