絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「秘書から電話があったとか?」
 さっきと同じホテルのスイートではない、ただのツインの部屋が用意されていたとに、そこに招かれたことに納得がいかず、話しかけられても、靴は脱がなかった。
「……あったよ。ちゃんと番号通知されてた」
 巽も座らず、ただタバコをふかせながら、室内をゆっくりと歩く。深夜12時を過ぎていたが、まだ3ピースのままだった。
「ねえ、いつも、何してるの?」
 落ち着いて聞いた。
「仕事だ」 
 言いながら、短くなったタバコをサイドテーブルの上の灰皿でもみ消す。
「あそう……」
 聞いても無駄だということは、分かっていた。
「さっきは商談の途中だった。どこからかその情報が漏れたようだがな」
「……何の商談?」
 気になったのはそこ。
「今度オープンするホテルのことだ」
「ホテル? ホテル、オープンするの?」
「そうだ」
 ホテルがオープンするということがどういうことなのか全く分からない香月は、新店がオープンする感覚しか分からなかったが、とにかく、忙しいということだけは少し伝わった。
「……忙しいんだね」
 分かったつもりで、言う。
「お前よりはな」
 身分違いも甚だしい。
「……」
 ただ夜景を眺めている巽に言いかけて、やめた。
 こんな関係やめようか、と。
 だけどもし、「お好きに」とか、「最初から関係なんかあったか」とか。軽く言われたらどうしよう、それで自分は納得できるだろうか。不安が頭を過って、何も言葉にできない。
「ジムに行った理由は何だ?」
「え?」
 突然、思いもよらないセリフを出されて、困惑する。
「えっと、ジム?」
「東都ホテルのジム。一成夕貴に会員証を借りただろう」
「えっ、何で知ってるの!?」
 まさかそこがバレているとは思わなかったので、慌てた。
「お前はどこで何をしていてもすぐにバレると思った方がいい。黒崎との仲もな」
 心臓が痛いほどズキンと鳴った。
「あっ、あっ、あの人はっ!」
「癖が悪いのに引っかかるタイプだな」
「…………」
 あなたのようなね。
 巽はゆっくりと近づいてくる。香月はすぐに顔を伏せた。
「あなたにとって、私ってどんな存在?」
< 127 / 318 >

この作品をシェア

pagetop