絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 もう巽の足元がすぐそこに見えている。
「黒崎について行くなんぞ、信じられん。馬鹿としか思いようがない」
 とっさに顔を上げた。
「だって怖かったんだもん!」
「怖かったとは?」
 無表情でゆっくり頬を撫でられる。
「怖いよ。あんな強引な……」
「ホテルに連れ込まれたら断れないほどに?」
「行ってないよ! ……行ったってあなたには関係ないかもしれないけど。現にあなただって、他の女の人とホテルに入ってるし」
「下らんあてつけだな」
 巽の顔は近づき、頬に優しく、触れるだけのキスを落とす。
 涙が流れそうになり、大きく息を吸い、呼吸を整えた。
「じゃあ、もし、私が浮気したらどうする?」
 そもそも浮気と呼んでくれるだろうか?
「どうも」
 巽はゆっくり香月の肩に腕を回し、体を抱き上げた。
「どうもって酷くない? どうぞどうぞご勝手にってことでしょ?」
 言葉とは裏腹にやさしくベッドに寝かせてくれる。
「してもまた戻るだろ? 俺に」
 自信たっぷりで見下ろしてくる。否定できないところがまた、憎い。
「しないよ。あなたと違って。言っとくけど、私はご勝手にってタイプじゃないから。キスもダメ、2人きりで食事もダメ、電話もダメ」
 唇を結んで、睨みつけた。
「自分のことはえらく棚上げだな。黒崎とのキスは、なかったことになったのか?」
 まさか、そこまで見られていたなんて!
「えっ、ちっ、あれはっ、私の意思に関係なく!」
「なら同じだな。俺の今回の商談は相手が場所を決めた。俺に罪はない」
「…………」
「自分の理不尽さがよく分かるだろ?」
「だから浮気を黙認しろって意味?」
「全く違うが」
 巽は上着を脱ぎながら、ネクタイを緩めた。
「黒崎には釘を刺しておいた。二度と近づかないように」
「……ありがと」
 本心で言う。
「…………」
 唇には優しいキス。右手は指と指を絡めて繋ぎ、左手で髪を撫でる。スーツの脚は太ももの間を割り、更に密着しようと体を摺り寄せてくる。
そうされると、すべてがなかったことになってしまうので、本当は悔しい。
「お前が心配するようなことは何もない。……少しは納得したか?」
 上機嫌に微笑みながらそう言われると、抵抗する言葉も見当たらない。
 香月は何も言わずにその大きな体に腕を回し、返事の替わりにぎゅっと巽を抱きしめた。
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