絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

巽がいつもしていること

 えらく外装に凝ったホテルだなあと思ったら中身もそのまま凝っていて、この建設費がいったいどれくらいかかったのか、また、本当に採算がとれるものなのか、など素人は余計な心配をしてしまう。
 香月はどうにかこぎつけて午後5時13分発の飛行機に乗り、巽が所有するグランドオープンしたばかりの北海道のホテルに到着したところである。飛行場には桐嶋が迎えにきてくれていたのでそのまま部屋まで案内してもらい、用意されたスーツに着替えた。部屋はスイートではない、ただのツイン。本日は何かのパーティが開催されるらしく、どういう意図があるのか分からないが、それに誘ってもらえたことは間違いなかった。
 もしかしたら、婚約発表とかするかも……。
 そんなはずはない。そんなはずはないが、公の場に出してもらえるということは、それなりに期待してもいいのだと思っている。
 出発前、
「ね、何着て行ったらいい?」
 の、質問に、彼はいとも簡単に
「用意しておく」
 と述べた。だからてっきりドレスとか、そういうものだと思ったら、ベージュの地味なスーツ! しかも黒縁の伊達メガネまで用意してある……。
 さっきもロビーで煌びやかな人たちがいっぱいいたのに、しかもわざわざ用意してくれたのに、何故こんなスーツなのだ……しかもまた、何故メガネ付きなのだ……。今回だけでなく、またこれを会社に着ていけるようにって意味なのか……。
 考えたって服はこれしかない。
 とりあえず着替えてメガネをかけると、再び桐嶋に付いて来てもらって、今度は大広間へ向かった。既にパーティは始まっている。
 こんな大勢の人の中でも桐嶋はすぐに巽を見つけると、まっすぐ近寄っていった。
「……」
 巽はこちらに気づいても、とりあえず上から下まで確認するだけ。
「メガネはどうした?」
 だって、なんかやっぱり恥ずかしいから広間に入る前にとったんです。
「だって……目悪くないし」
 この答えが一番正しい。
 巽は少し眉間に皺を寄せると、
「後をついてこい。今日は秘書にしておいてやる」
「え」
 あ、そーゆーことぉ……。あそうかあ、招待状とかないと入れないからかなあ……って別にあんた主催なんだからなくてもいいんじゃないのぉ?
 桐嶋は巽が歩き出したのと同時にどこかへ消えた。
 仕方なく、立食形式のテーブルに並べられた豪勢な料理を尻目に、巽の後ろを付いて歩く。誰かのボディガードなのか、会場内にはイヤホンをつけた大柄の男がところどころにいて、落ち着かない。
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