絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 香月は、持ち前の軽いフットワークで素早く階段を駆け上がると、観覧席の一番上で見つけた移動販売車へ走った。売っているのは、シュークリームのようである。
 気配を感じて後ろを振り返ると、風間はぴったり後ろに着いて来ていた。
「あそこのベンチで場所とりしててください。買ったらすぐに行きますから」
 の言い分にも、
「いえ、ここにいます」
 の頑固な一言で簡単に制してしまわれる。
 香月は仕方なく、そのままキャラクターの形になっているシュークリームを2つ、自らの現金で購入しようとするが、またもや風間に遮られてしまい、経費と称する財布の現金を使った。
「領収書、もらえませんでしたね」
 香月は、2つのシュークリームを持ったまま、階段を下りて言う。
「構いません」
「これ、風間さんの分です。おなかすいてないですか?」
 差し出したシュークリームは色粉のせいで赤く、おそらくチョコレートで作っているであろう、派手な目がついている。
「…………」
「食べたことないけど、多分美味しいですよ………。嫌ですか?」
「嫌なことはありませんが、勤務中の食事は禁止されています」
「誰にですか?」
「もちろん社長です」
「確かに今は……プライベートじゃないけど……」
 香月は、2つのシュークリームを両手に持ち、立ち尽くしたまま、桐嶋から視線を外した。
「…………」
 そのまま2人とも、しばらく黙っていた。
 少し離れた場所からは、何度も何度も、ジェットコースターに揺られた黄色い悲鳴が、ひっきりなしに聞こえている。
「私と、風間さんって、友達にはなれないんでしょうか?」
 香月は、考え抜いた後、聞いた。
「…………、社長に確認してみないと、分かりません」
「……そうですか」
 一人、歩き始める。空腹に耐えかねて、シュークリームは一つ食べた。
「…………」
 もうバックも昼間のハンバーガーでいっぱいだ。続いて仕方なく、もう一つ、シュークリームも口にした。
 そして午後5時からは、予定通りショー開幕。2時間にも及ぶショーは飽きることなく、時間はあっという間に流れた。
 ショーを見ることに集中していて、それ以外の存在を完全に忘れるほどだった。途中、一般の人のように、隣に座る風間が「わっ」とか「おおー」とかいう声を出していたかどうかも不明。
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