絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

巽の友人

 附和薫(ふわ かおる)は、ある一枚の写真を数秒眺め、「ふーん」と興味を持ち始めた自分を少し制した。
 女が一人写った数枚の写真の他に、調書もある。名前は香月愛、年齢27歳。東京マンション在住、エレクトロニクス本社営業第一課勤務。ミュージシャンのユーリとエレクトロニクス本社副社長の息子である人事部主任真籐司と同居。
 現在巽の周辺をうろついている女である。しかも、中国マフィアとの関係も深いらしい。
 こんなに危険な噂を流されながらも、個として完全に全うに生活している女が一体どんな人間であるのか、附和はすぐに興味を抱いた。その末の調査であり、報告書なのである。
「先週の巽様主催の北海道でのパーティにも顔を出しておりました。一見秘書のように、取り繕っておりましたが、同じ部屋に宿泊したようです」
 自宅とは別に、間借りしているマンションの方へ秘書を呼び寄せた附和は、キングベッドで寛ぎながらタバコに火をつけた。
「ふーん……、彼女なの?」
 裸体の附和とは真逆に、しっかりスーツを着込んだ秘書、谷野はベッドの側に立ち淡々と続ける。
「最近は定期的な逢瀬があるようです」
「どっちからの?」
「女からのようです」
「あそう……それに対して巽は?」
「まんざらでもないようです」
「……彼女を拉致したら……乗り込んでくるかな……」
「特別な想いを寄せていることは、確かです」
 谷野の表情はぴくりとも動かない。附和よりは少し年上で今年40だが、よく言うことを聞く奴で、仕事でもプライベートでも今やその存在がかかせなくなってきている。
「へえー……、なんかそういうの、わくわくしちゃうな」
 もう一度写真を見た。
 なるほど、巽がその気になるのも頷けるし、この俺の隣においても充分映える容姿である。
 附和はもう一度それを確認すると、バカラの灰皿でタバコをもみ消し、ベッドから降りた。
「どちらへ?」
 谷野のこのセリフはいつものこと。たいていは準備をさせるので、行き先を答えてやるが、今日はそういう気分じゃない。
「ちょっとそこまで♪」
 すぐに察すると、谷野は自分の仕事に戻るのか、すぐにマンションを出て行く。それとは逆に、附和は気に入りのスーツに着替えて整えてからマンションを抜け出し、愛車のベンツに乗り込む。あいにく雨が降っていたが、それもまた良し。
 報告によれば、香月愛はここ数日、午後7時に中央ビルを出ている。その時間にビルで待ち伏せをしていれば、偶然を装って出逢うシチュエーションで簡単に手に入ることは、調書を見た瞬間頭に描き終わっていた。
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