絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 頬に口付けを受けて、完璧に動揺した香月は次にサラリーマンが乗ってくるまで、その頬をずっと手で押さえていた。
 巽の友人。頬にキス……きっとただの挨拶だ。どうせ、帰国子女か何か……ただ、酔っただけに決まっている……。
 いや、絶対にそうに決まっている。
 無償に巽に会いたくなる。
 本当は水曜日まで連絡を待つと決めていたのに、耐えられなくて、エレベーターを降りるとすぐに、携帯の発信ボタンを押した。
 予想は外れ、2回のコールの後、巽はすぐに出る。
『手短に』
「あそっか、ごめん、政治家の人と食事中だったね」
『……何故知っている?』
「聞いたよ、附和さんから」
『……ふわ?』
「ごめん、急ぎじゃないの。またかけ直して」
『……ああ……一旦切る』
 そのまま自宅に戻った。東京マンションの707号室はいつもどおり、どうせのんびりした雰囲気の中、ゲーム大会か何か開催されているに決まっている。
「あれ……珍しい。どうしたの?」
 真藤と、ユーリは2人、静かにテレビもつけずに本腰を入れて飲んでいた。この、全てにおいて全く正反対の2人が、何を語っているのかは全く不明。
「おかえり」
「ただいま……、何、どうしたの? もしかしてユーリさん、再就職先探してるの?」
「何のこと?」
 ユーリは顔をしかめて笑った。
「いやあ、こんなに年が離れてるのに、真藤君とは話合うんよなあ」
「ユーリさんにはいつも勉強させてもらってばかりです」
「何の(笑)」
 香月はまさかと、顔を顰めて笑った。
「全てのよ!」
 ユーリは自信を持って答えたが、香月は笑い飛ばしながら、ソファに腰かけた。
「愛ちゃんはどんな感じ? 今日は今まで仕事だったん?」
 ユーリは優しい目でこちらを見た。
「ううん、今日は友達と食事して来たの……。私、最近仕事辞めたいなあってちょっと思ってて……。けどその相談ってわけでもないんだけど」
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