絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

私だけを恋人にして

 突然の電子音で心臓がドキリと鳴り、不快な寝覚めとなったはずなのに、電話をかけてきてくれているのは巽だと信じ、動悸が早まり、すぐに真剣な顔になる。
「…………」
 着信、巽 さん。すぐに、受話ボタンを押した。
『今仕事が終わった』
「……今……。なんじ…?」
 それしか言葉が出なかった。
『寝てたのか? 声を張り上げたわりに、元気そうだな』
 図太い女だと思われたかもしれない、と慌てて取り繕う。
「……会って、お願い」
『……』
 5秒ほどの沈黙が流れる。
 それを破ったのは、巽。
『10分ほどで東京マンションに着く。用意して出て来い』
用意……するほどのこともない。まだ風呂にも入っておらず、スーツのままうたたねをしてしまっていたからだ。とりあえずうがいと歯磨きだけして、バックを持って、少し皴になったスーツのまま玄関を出た。
明日このままスーツで行こうとか、そんなことは既にどうでも良かった。今ここで巽が自分を受け止めてくれるのならば、このまま会社を辞めるつもりですらいた。
 ロビーで3分ほど待つと、すぐに高級車はエントランスに入ってくる。
 いつものBMだ。BMの時は決まって自分で運転している。
 小走りで駆け寄って、さっと右助手席に座る。
 すぐに抱きついた。身体が不自然な恰好なので、腕をちゃんと回すこともできず、第一身体が大きいので、うまく抱き着けてはいないが、手に力を込め、スーツをぎゅっと握りしめる。
 ギアーがパーキングに入っている、もしくは、ブレーキを踏んでいるその間に。
「……附和のことか?」
 巽は冷静だ。
「わかんない」
 その答えが一番正しい気がした。
「……とりあえず出るぞ」
 巽は右腕を動かして、体をどかす。
 車はそのまま発進した。
 香月はそのギアの上に置かれた手を上から握り、頭を右腕にもたせかける。
 不思議となにの迷いもなかった。
 ただ、新東京マンションに着くまでの30分、静かな時間だけが流れた。
 途中、タバコを吸うかもしれない、そのために腕をよけられるかもしれないと思ったが、巽はタバコを手にすることはなかった。
 その行為が、私を大切にしてくれているような気がして、一人勝手に巽の手のぬくもりを感じていた。
 自宅に着いても巽はいつも通りだった。だから、玄関で、背後から抱きついた。
 靴も脱がずに。
「どうした?」
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