絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 いつもと違う様子に、さすがに巽が不思議がる。
「わかんない」
「……附和に何かされたか?」
「違う」
「何があった?」
 自らの腰に巻きつけられた腕を巽ははがしにかかり、
「中に入れ」
 香月も素直に従った。
 部屋の中はいつもどおり綺麗に片付いていて生活感は全くない。
巽は上着とベストを脱ぎ、ネクタイをはずすと、ソファにばさりとかけ、冷蔵庫から水と氷と、戸棚からアルコールとグラスを出して来る。
 巽は一人、大理石のテーブルで酒を造り、宴会を始めた。
 香月はそれらの全ての行動を部屋の隅から黙って見ていた。
「何だ、突っ立って」
 酒を一口飲んで、ようやく話しかけてくれる。
 巽は戸口に立ったままの香月をじっと見つめた。
「……結婚して欲しいとは思わない」
 香月はまっすぐ巽を見た。
「今は私しか抱かないでほしい」
「……」
 巽はすぐに視線を逸らすと、もう一度グラスを傾けた。
「……だめかな……」
 鈍い反応に耐えられず、すぐに聞いた。
 相手はこちらに、興味などないというほどの、冷徹な空気を感じさせる。
「……ダメなら……やっぱ、遊びでもいいけど……」
 少しでも巽の隣にいたい。その、気持ちはこんなにも大きい。 
巽は宙を仰ぎ、一度溜息をついた後、もう一口ゆっくりと飲んでから、答えた。
「別に……駄目じゃないさ」
「私を、彼女……恋人にしてって意味だよ?」
「……それで?」
 巽はこちらをじっと見た。
 香月は一歩ずつ近づく。
「それで……。もし私のことが好きなら、彼女にしてほしい。一人だけの彼女。私だけ」
「……俺は」
 巽は真っ直ぐグラスを見つめた。
「お前ほどバカじゃない。最初からそのつもりがなくて、お前みたいな小娘を抱けるか」
「……」
 香月は静止した。
「逃げていたのはお前の方だろう? 大方、前の男とのふっきりがつかなかったんだろうが」
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