絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

告別式

 彼氏がいて、家族がいて、仕事がある。
 香月は、物一つない乗り慣れたBMの助手席で静かに前を見つめて思う。
 今の自分は長い人生の中で最高に調子が良い。隣の巽は相変わらず無口で、時々何を考えているのか分からないときもあるが、それでも、大事にしてくれていることだけは、ちゃんと伝わってくる。
「夜は少し寒いね」
 今夜、特にどこに出かける予定はない。夕方、突然連絡が入ったと思ったら、まさかまさかの食事の誘いだった。
予想通り、煌めいた同棲生活は続くはずもなく、巽が香港に長期出張することになり、住居を一旦東京マンションに移し替えたのだった。
本日はエレクトロニクス本社が入っている中央ビルまで迎えに来てくれた上に食事をし、更に東京マンションに一度荷物を取りに行って、新東京マンションにお泊りする。今の2人にとつてなんとも濃密な、一番大切な時間になりそうな予感がした。
巽がいない生活はひと月ほどになる。全く音沙汰がない状態に少し慣れてからは、何より今は家族を大切にしたいと思い始め、今は3人で食事をする時間を一番大切にしている。
「明日はもう少し寒いようだ」
 11月末。久しぶりに会った巽の声は、どこも変わっていない。
「天気予報でそういってた?」
「ああ……」
 相変わらず新聞は見ていない。テレビも見ないので、新聞がすぐそこにあってもテレビ欄すら見ない。
 いつだったか、巽に、
「ねえ、私のどこが好き? ……って聞いたって応えないよね。じゃあね、あなたが私のどこを好きかっていったら、ここかなあって思ってるところがあるんだけど、それが合ってるかどうか、聞いてくれる?」
「……」
 確かその時、彼はベッドの中でタバコをふかしていたと思う。
「まず一つは……一番確率が高いところから攻めるね。えっと……年齢、若いから。自分より。というか、自分より無知だから」
「若いと無知は全然違う」
「じゃあ無知だから」
「お前が無知だから俺が好いてると?」
 巽は怪訝な顔を見せたる
「いやあ、そう言われたら違うけどぉ……、この前家族と話ししててね。私の彼氏、英語も中国語も喋れるんだよって話しをしたらさ、じゃあその彼女がこんな無知でいいのか!? ってなってね、だけど私はそこで思ったの。あなたは、こういう無知な私が好きなのであって、例えば私が今からものすごい才女だったら、興味を失うだろうなって」
「……で?」
「で? いや終わりだけど……違うんだね。じゃあ次、外見」
「外見が嫌いじゃあ近づきはしないだろうな」
「おおおー、あのね、でね、酷いんだよ。家族の人がね。だとしたらもう外見ぐらいしかとりえないじゃんみたいな言い方するの。まあ、自分ではそんないけてるとか思ってないから安心してね」
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