絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 今までの人生の中での冠婚葬祭について、結婚式にしか参加したことがなかった香月はドレスは持っていたものの、礼服は用意していなかったので、マンションにある貸衣装で間に合わせた。
 11月27日。
 阿佐子が睡眠薬を飲んで自殺未遂をしてから、およそ一年近くが過ぎていた。忘れもしない、去年クリスマス、彼女は何かに苦しみ、生きているより死んだ方が楽だと思い詰めたのだった。
 長い植物状態の間、香月は一度だけ、見舞いに行った。
 それは、危険な状態が続いていると榊から報告を受けた、翌日の昼過ぎのことであった。会社の昼休憩を利用し、どうにかこぎ着けた病院。
 受付で榊を呼び出し、一緒に病室に案内してもらう。数か月ぶりに訪れたその空間に、圧倒され、歩いているだけで精一杯だった。
 私がリュウの誘いをもっと拒否していれば、私が、阿佐子の気持ちをもっと汲んでいれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに……。
 榊は白いドアを軽くスライドさせ、中に進み、香月もそれに続く。
 酸素マスクを付け、点滴の管が布団の中に伸びている彼女の顔は青白い。
静かな室内には、付添の手伝いの初老の男性がいた。
 相手はこちらに何か話しかけたような気がした。
 だが、視線は阿佐子から離れなかった。
 手が震え、次に肩が震えそうになる。
「出よう」
 榊の声が聞こえたが、反応できなかった。
 視線が動かせないせいで、手も足も出なかった。
 あの時、自分が何を考えていたのか、それさえも分からない。
 ただ息苦しくて。
 それは、涙が喉に詰まったような呼吸が遮られたような息苦しさで。
 榊のいつもと違う、大きな声の問いかけに、答えることもできない。
 ああ、自分は死ぬのかもしれない。
 阿佐子に呪い殺されるのかもしれない。
 そう思いながら、重くなる瞼を閉じたはずなのに、気付けばベッドの上で、なんということもなく目を開けていて、
「過呼吸もってた?」
 聞きなれない言葉をさらっと言ってのけ、伺う榊の白い顔が見える、いつもの光景が広がっているだけだった。
 来てはいけない。
 そんな気がした。
 けど、今考えれば、それは、甘えだったのかもしれない……。
 昨日あれからしばらくしてから、再びの夕貴からの電話で告別式が午前11時から行われることを知った。段取りはすべて夕貴に任せ、香月は言われるがままに9時半にマンションロビーで待っていただけである。夕貴はもちろんちゃんと迎えに来てくれて、10時半には寺に着いていた。
 彼も終始無言であった。夕貴こそ、阿佐子との関係は長い。おそらく、生まれてからの仲で、香月以上に夕貴は阿佐子と分かり合っていた。
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