絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 夕貴は冷静そうに見えたが、おそらく、彼の中でも何かと戦っている、そんな気がした。
 一歩、一歩、石段を上がり、近づく。既にそこには数十人の人でごった返していて、少し離れた場所では、小さく談笑している集団すらいた。 世界中の、全てがいつもと同じように動いていることが信じられなかった。
 真藤が用意してくれたといっていい、お包みや、その他小物。それをそのまま引っ付けてきただけの自分が、まるで場違いに見える。
「大丈夫か?」
 夕貴が久しぶりに話しかけてくる。
「うん……平気」
 風が冷たい。だが、その冷たさが、自分の目を覚ませてくれているような、そんな気すらした。
 気を失うことなど、許されない。
 人々に紛れて、2人は同じように流れにのり、寺に入る。何十人座れるのであろう。その寺の中に敷き詰められた白い座布団の数は、予想を遥かに超えていた。2人は静かに、後ろの方、一般席へ座る。
 30分ほど僧侶の話しやお経が読まれ、次に焼香となる。
 長い列の最後の夕貴の後ろに並び、ただ夕貴の後ろ姿を眺め、順序よく済ませる。
 最後に、お別れ。棺おけの中に入れられた阿佐子の中に、一人一人が白い薔薇を、かつて阿佐子が好きであった薔薇が入れられることになった。
 皆、早送りのように妙にすばやく花を入れていく。
 すすり泣く声を聞いて、うらやましいと香月は思った。ここに、ただの友人として参列できていたら。何も知らず、何で自殺なんかしたの!? と。どうすることもできなかった後悔の念を、ただ涙と一緒に流し忘れてしまえたら、と。
 花を一輪持ったままの香月は、どうしてもその前に行くことができなかった。
 先に、夕貴が動き、次に香月を見た。
「入れようか?」
「うん……」
 即答した。阿佐子の顔を、見られるはずもなかった。
 花は全て入れられ、手順よく、棺桶は閉められる。その後外に出て、車に乗せられた。
 そして、12時丁度、車のクラクションの合図を元に、霊柩車を先頭とする、数台の黒塗りの車が後を追った。
 もちろん2人はただぼんやりと寺の外で見守っているだけ。乾いた風が頬を差し、曇り空が心を映しているようだった。
「綺麗に化粧してたよ……なんか、普通みたいだった」
 夕貴が静かに言うが、生きていた頃の阿佐子を見たのはもう一年も前のことで、思い出の中の阿佐子が、ただぼんやりと頭の中に映し出された。
「無事に終わったな」
 聞き覚えのある声に、2人は左隣を見た。
「……ああ……」
 夕貴が静かに返事をした。
 榊久司は、いつかロンドンで見た白いコートではなく、真っ黒のコートに真っ黒のスーツというこの場に完全に溶け込んでいる普通の衣装であった。
「……」
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