絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 夕貴の隣にいる榊を見て、香月は初めて涙を流した。ぽたりと流れた涙は、足元に落ち、石畳が丸く、濡れる。
「どこか、その辺でお茶でもして帰る?」
「こんなときにナンパかよ……」
 夕貴はいい顔をしない、だが香月は、その夕貴の言葉を踏みにじるように、
「うん」
 と2人に聞こえるように返事をした。
 3人は元来た階段を降り、寺のすぐ側にあるカフェに入る。すると、似たような服装をした人が既に数組、寛いでいるのが見えた。
 なんとなく俯き加減で、通路を通り、奥の席へと進む。
「ああ、寒かった」
 一番にこの店の雰囲気に合う、ほっとした声を出したのは夕貴であった。
「そう? 去年はロンドンにいたからかな、日本はまだ暖かいなと思えるよ」
「あそ」
 一番最後に座った香月は、当然のように榊の隣に腰掛ける。
 3人はそれぞれ、ホットコーヒーとココアを注文し、心を一段落させた。
「昨日、電話の側に誰か男いたじゃん、もしかして彼氏?」
 夕貴は榊を挑発するように言う。が、香月は真面目に
「違う。彼氏は離れたところにいた」
「あそう……」
 夕貴は驚いて顔を引いた。
「彼氏、できたんだ。というか、ちゃんと彼氏になったんだ」
 夕貴は続けて聞いた。
「うん……最近ね。だからなんか余計に阿佐子のこと……」
「もういいじゃねーか。済んだことだ」
 すぐにコーヒーたちは運ばれ、それぞれのタイミングで一口飲む。温かい飲み物が体内に入っただけで、全員は顔色を変えた。
「あのまま、薬や呼吸器で植物状態を続けるよりは、この方がよかったかもしれない。お父さんも悲しんでたけど、実際この一年かなり心配してたから。少し気が楽になったのかもしれないな……」
 夕貴の言葉が引っかかり、香月は
「……楽に……」
 と、顔を顰めて繰り返した。
「大変だよ。毎日病院に来てて、眠れないみたいだった。お父さんが倒れたことも、何度かあったよ。そのたびにお兄さんが来てて……」
 榊は事実だと裏付けるように、続ける。
「そうだったんだ……」
 何も知らない自分を、今更どうすることもできなくなってから、恥じる。香月は俯いて、暖かなカップを両手で強く、包み込んだ。
「……お前は今日仕事休んだんだろ?」
 夕貴は察して、話題を変えてやる。
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