絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 次の日の朝、いつもは寒さでぐずぐずしてなかなか布団から出られないが、今日ばかりは5時に目覚ましを止めると、45分で支度をし、香月はサクラマンションへ向かった。ハイヤーに乗って、予定より早い20分で到着する。まだ6時すぎ。来客訪問には早すぎる時間帯だが、午後8時半には出社していなければいけない香月にとって、これ以外の時間帯はとりあえず思い浮かばなかった。夜は相手がいない可能性が高い。
 写真の部屋番号と実際の部屋を確認する。間違いない。
 ピンポーン。
 まだ静かな住宅に、騒音ともいえる音が鳴り響く。空気が冷たいし、インターフォンを押す指も同時に冷たい。
 だが、相手が出るまで鳴らすつもりだった。
 もし、万が一写真とは到底違う人物が出てくれば、平謝りで逃げるつもりだった。
 ピンポーン。
 もう一度鳴らすのと同時に、ドアホンから声が聞こえた。
『はい』
 女だ。
「あの……私、巽さんから伝言を預かってきました。香月といいます」
『……はい』
「あの……開けてもらえませんか?」
『……ちょっと待ってください。私、相田さんが来た時しかあけちゃダメって言われてるんです』
「じゃあ、その、相田さんに確認してください。香月という女が来てますけどって」
『はい……』
 しばらく声が聞こえなくなる。きっと、携帯で電話しているのだろう。
 香月は、取り合ってもらえないかもしれないと不安になりながらも、とにかく、今は勢いで行動するしかなかった。
『……あの、相田さんが来るそうですから、それまで待っていてもらえませんか?』
「え、どのくらいで来ます? 私、8時半から仕事だからそんなに待てないんですけど」
 そう、ここからだと会社は一時間半弱かかるし、一旦自宅に帰って自車で出勤したかったので、7時にはここを出たい。
『すぐ来るって言ってたから……すぐだと思いますけど……』
「そうですか……じゃあ来る前に、とりあえず、あなたの年齢を聞かせてください」
『え、……年齢? ……21ですけど』
 想像以上に若い相手に、香月は少なからずショックを受ける。
「お仕事はされてますか?」
『え……いえ、今は何も……』
「いつからここにいるんですか?」
『え……それは言っていいのかどうか……』
「巽さんに会ったことはありますか?」
『はい、私を助けてくれた人です』
「……ちなみにあなた、日本人ですか?」
< 164 / 318 >

この作品をシェア

pagetop