絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
『え、はい……』
 その時、マンションの下で車が急停車する音が聞こえた。覗き込むと、あの写真に写っていた黒塗りの車である。本当にものの5分で現れたということは、近くのマンションで監視していることになる。
 そして出てきたのは、相田という若い男、やっぱりそうだ、見たことある。
 相田は黒い上下のジャージで寝起き顔のまま、両手をポケットに突っ込み、息を切らせながら階段を昇ると、こちらに気づいて驚いた表情を見せた。
「あ……ほんまや」
 こちらもまだ若い、黒髪の短髪で年は25くらいか。
「あの、中へ入ってもいいですか? 私、この人と話しがしたんですけど」
 こちらが正当なのだと、しっかり目を見て話す。
「え……なんか、ボスから伝言を預かったとか……」
「それは嘘です。ただこの人と話しがしたくて来ました。いけませんか?」
「え……いや……。知り合い……やったんですか?」
「別に違いますけど」
 相田は納得いかない表情を見せながらも、
「開けてもかまへんわ」
 とスピーカーに向かって一言言った。
 廊下を歩く音が聞こえ、チェーンをはずす音が聞こえる。
「あの、相田さんはここで待っていてもらえませんか? 30分もかからないと思います。15分くらいかな。私も7時には出ないと仕事なので。すぐ帰ります」
「え……ああ……別に……でもなんかするわけちゃいますよね?」
 顔を覗き込むように確認してきたが、それに気づかないふりをして
「何もしません」。
 開いたドアの中へすぐに入る。
 女はまだ寝巻きなのか、男物のぶかぶかのトレーナーに引きずるようにジャージをはいていた。自分とそれほど年は変わらないはずなのに、若々しい肌が露出しているように見えて、仕方ない。
 素顔だろうが、色白に大きな瞳で、可愛らしく、セミロングの髪の毛がまさに女子大生を連想させた。
「……すみません、こんな早くに」
 とりあえず謝る。
「いえ……中、入りますか?」
 女に促されたが、靴を脱ぐ気にはなれなかったので、
「結構です」
 とすぐに断った。
「あの、巽さんからの伝言って……」
 女は、そこそこ綺麗な顔で、神妙な表情を作る。
「すみません、嘘です。私、あなたと話がしたくてここに来ました。ごめんなさい」
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