絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「もしもし、私だけど」
『……3時頃なら空くだろう』
 またその返しか、と心の奥の白い部分が黒く染まっていく気がした。
「あそう……、家で待ってていい?」
『ああ』
 こちらは、時間がたっぷりとれる終業後に電話をかけたのに、ものの10秒で電話は切れてしまう。相田は巽に朝のことをおそらく連絡しただろう。だから先を読んで時間をとってあったのか、それとも何も知らず、単に3時からならセックスができると言いたかったのか、今の香月でも、何も分からない。
 一度自宅に着替えを取りに帰った香月は、新東京マンションで合鍵を使い、明日の仕事のことを考えて、とりあえず風呂に入り、ホームウェアを着て、リビングのソファで巽が帰るまで毛布を被って寝ることにした。そうしないと、本当に翌日仕事にならないのである。
 午前3時頃まで寝て、巽が帰ってきて、一緒に風呂に入って、5時から7時まで寝るという不規則極まりない同棲生活が、突然懐かしく思えてくる。
 でも、今考えても、同棲というのは少し大げさかもしれない。同棲しようとしても、いつも途中でやめて、結局自宅に帰っている。
 好きだから、一緒にいたい。
 好きだから、ただ存在を感じていたい。
 その延長上に、電話連絡やメール、デートがあるはずなのに、巽からはそれらが全く感じられず、ただ、セックスをすることだけに時間を費やしている、費やされている自分に嫌気がさしてくる。
 わかっていること。
 巽のような、会社を構え、ホテルを経営し、リムジンを秘書に運転させながらも、裏では危ない世界と繋がっている生きていく世界が違う人間と、一般人の自分が何をどうしようと、同じようにはいられない、ということ。
 何千万という大金を動かし、何百人という人間を動かせ、世界とも深くつながりがある巽が、その辺の石ころと同じ自分を拾い、少しポケットに入れたからといって、それが長く続くはずもないし、石ころの意見を聞く必要もない。
 分かっている。
 石ころは、ただ所有者のいいようにされ、いずれ捨てられる。
 分かっている。
「……」
 唇への感触のせいで目が覚めた。慣れた唇は顔から首へ、その下へとどんどん位置を下げていく。
「あっ、ちょっ、待って!」
 意識が快感に変わるのが怖くて、慌てて力いっぱい肩を押し上げ、体から引きはがす。
 巽はいつも通り、深夜3時でもスーツをばっちりと着込んでいたが、間接照明しかつけていないところを見ると、そのまま行為に及ぶつもりだったらしい。
「それ! それが私宛に届いたの」
 香月は、すでにテーブルに置かれていたあの白い封筒を指して見せた。巽もその方を見るとようやく体を起こし、ネクタイに手をかけながら
「何だ?」。
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