絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
巽は無言で中を見た。表情は何も変わらない。
「……それで今日マンションに行ったのか」
 ネクタイはスルスルとワイシャツから抜け、続いてワイシャツのボタンを外しにかかる。
「やっぱり相田さんって人から聞いたんだね」
「今朝電話がかかってきた。香月という女が俺から伝言を持ってきたと言っていると」
「それは、誰かがそんな写真を送りつけてきたから仕方なく……調べに行ったんです」
「こんな下らないものに一々振り回されるな」
 ポイと捨てられた白い封筒は、テーブルの上を滑ってまるで、ゴミ箱に捨てられたかのように床に落ちる。
「下らないって何よ……じゃあ、あなたが来るのを待ってるあの子は一体何者なの!?」
 香月は初めて声を荒げた。巽もそれに合わせて視線が厳しくなる。
「ある取引のネタだ。時期がくれば相手に渡す」
「え……人身売買?」
「それとは違う」
「じゃあ何?」
 まさか、そんなことにまで手を出していたなんてと、少し怖くなりながらも、続けた。
「ある政治家に追われて困っていたところを助けた。で、準備ができたら別の男が、女を渡してほしいと言ってきている」
「え……でも、その子嫌がるんじゃない?」
「……結婚相手にしたいそうだ」
「え……? その子の意思は?」
「さあな……それは後の話しだろう」
「え、なんか若い女の子だったよ? 大丈夫なの?」
「何が?……」
巽は上着を脱ぎ、ワイシャツの手首のボタンを外して、
「20歳は超えている」と言い切った。
「そうだけど……けど、その子あなたが来るのを待ってるみたいだった。あなたに助けられたからって」
「礼の一つでも言おうと思ってるんじゃないのか」
 巽の口からは溜息が出た。それと同時に、こちらへのいらつきに気付いたが、
「……そんな風じゃなかったよ」
 と、思い切って言った。
「どんな風だったと言いたい?」
 巽のいつにない睨んだ顔に、一瞬たじろいだが、
「絶対あの子とシタに決まってる」言うか、言うまいか、一瞬考える。だけど、ここまで言えば同じこと。
「あなたは……絶対あの子とシタんだって」
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