絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 いやなんか、ここで飲んだら危ない気がした。
 嫌なことを嫌だと言えなくなる気が、大いにした!
「今日は仕事はもう終わりですか?」
「明日の夕方まで休みだ」
 偶然オフの時間が一緒なわけ……。
 え、私はディナーの後帰りますよ? タクシーで一時間半くらいかかるけど……遠いなあ……いくらかかるんだろ……。
「あ、シルクドソレイユすっごくよかったですよ! 風間さんも来て良かったって言ってました。風間さん、ディズニーランドでもスーツで大変そうだったから、ティシャツに着替えたらどうですかって提案したんですけどね、着替えませんでしたよ」
「さすがにそうだろう」
 巽はさも可笑しそうに苦笑いした。
「ミッキーは恥ずかしくても、スティッチくらいなら着れそうなのに」
「そういう問題じゃないだろう」
 まあ、そうでしょうね。
「食事もね、お金払ってくれたのに、食べませんでした。勤務中だから食べられないって。座りもしないし。
 だから、私もシュークリームしか食べてないんですよ。あそうだ! バックの中にハンバーガーが入ったままなんだ……」
 巽の目を見て言ったが、彼はどんなリアクションもせずに、
「風間が食べないことと、お前が食べないことがどう関係する?」
「だって……一人だけ食べられないし。水は飲んでたのかな、分からないけど。私はプライベートで、風間さんは仕事なんだからいいって、風間さんは言うんだけど、普通、食べられないと思いませんか?」
 香月は、権限者の巽に、詰め寄った。
「それが、お前という人間なんだろう……」
「…………」
 はあ……。
 まあいいや……。
 会話も多分、なんとなく弾んでディナーも無事終わった後、店を出て廊下のシャンデリアを見上げながら、思いだす。あれ、今お金払った?
「あのー、今お金払いましたっけ?」
「ここは俺のホテルだ」
「えっ?」
 俺のホテルって何? そういう冗談ですか? 何なんですか?
 後ろを振り返ったが、「食い逃げ泥棒!」と定員が追いかける様子もなく、仕方なく巽の後ろについて歩き続け、エレベーターの前で止まる。
 やはり、彼が押したボタンは「上」であった。
「あっ、じゃあ私はこれで……」
 これで切り抜けられなかったら、ドロンポーズをしてみよう。
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