絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え……」
 香月は手を止め、左隣にいる成瀬を大きな瞳で見た。
「え、知らなかったの?」
「……まったく」
 手はキーボードから完全に離れ、身体も画面の前から離れた。
「なんか、相手はどっかの会社の令嬢らしいよ」
「…………」
「らしいっちゃらしいよねえ。エリートの王道」
 別れてから、どのくらいの時間が経ったのだろう……、もう、他の人と結婚?
 いやでも彼は、もともと結婚願望があると言っていたか……。
「……成瀬さんも早く結婚したらいいじゃなですか」
 何か会話をしなければと、口を開いた。
「あー、ダメ。僕別れたの、最近」
「……何が?」
「彼女と」
「ああ……そうだったんですか……」
「そうだよぉ。香月さん、誰かいい子紹介してよ!」
「そうですねえ……」
 宙を仰いで考えるふりをしたが、頭の中は宮下と自分の歴史を振り返り、今の宮下の想像をすることで精一杯だった。
 宮下は忙しく、あちこち飛び回っている上、香月に直接指示することもないため、挨拶程度しかしない日がほとんどだが、その中でも、自分達は、自分達の歴史を大切に過去として保存できていると信じていた。
 いや、逆にちゃんと保存できているのなら、新しい彼女ができ、結婚の話になっても何も、おかしくない。 
 むしろ、当然のことだ。なんだかんだいいながら、香月だって現に、巽との関係を深めて行っている。
「あ、そんな本気で考えなくてもいいから(笑)」
 成瀬は笑ったが、香月は何も考えずに
「え、ああ……」
と、曖昧に返事をした。
「いいね、香月さんは幸せそうで」
「いや……最近ケンカして……。もしかしたら、もうだめかもしれません」
「え、そうなの?」
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