絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「ああ。その写真だと……10そこそこ……今生きておるならば、30くらいだろう」
「……」
「探せるか?」
 予想もしなかった唐突な命題に、巽は
「全力は尽くしますが……」。
「わしはもう長くはない。それで皆、遺産のことで色めきたっておる……。もちろん遺言状はもう15年も前から作っておる。15年前。その時は、孫にやるつもりだった。そのように書いたんだがな。
 最近書き換えた。もちろん弁護士が持っておる。
 わしの預金、現金はその子にやろうと思っておる。
 もし、わしが死ぬまでに見つからなかった場合は、慈善事業に寄付じゃ。
 土地や山はまあ、それくらいは皆にやろう。だが……わしが守って、増やした財産はわしの勝手に使わせてもらう」
「……承知しました」 
「わしが死んだ時、皆は怒り狂うであろうなあ」
 山根はさも、嬉しそうに笑う。
 巽はもう一度その写真を見る。
「これは借りてもよろしいですか?」
「ああ……。ネガがある。何度でも現像できる」
 山根はもう一度愉快そうに笑った。

 香月は廊下を走り、弾む息を抑えながら、繋がった電話の前で静かに涙ぐんだ。
『もしもし?』
「……」
 巽がちゃんと声を出してくれている。
 ちゃんと話をしたいと思っていてくれる。
 そういうのでいいんだ、と。
 そういうことが、自分達には必要だったんだと、香月は改めて感じた。
「……はい」
 ようやく、返事をする。
『悪いんだが、仕事でな、ちょっと話したいことがあるんだ。今日時間とれないか?』
「え、……仕事?」
『ああ。11時頃……平気か? 東京マンションのロビーでいい、見てもらいたい物がある』
「え?」
 まさか、結婚式場のプランとかじゃないよね?
『構わないか?』
「え、あ、うん……」
『では11時に』
 電話はすぐに切れた。何? 見てもらいたい物……マンションのロビーじゃないとダメなんだろうか……?
疑問はたちまち膨れるたが、突然巽が仕事で会いたいと言い、時間をとってほしいと願い、マンションのロビーで見てもらいたい物があるという理由がまったく分からなかった。
ただ長い時間、香月は落ち着かずに、時計の時間を確認して、妄想を繰り返していた。
 二週間ぶりのこのタイミングで見せたい物……。
 なんだろう。一体、何なんだろう。 
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