絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え―――――、その人ホントにあの、ぼけてないの!?」
「ああ、正気だ」
「えーーーーーー、何考えてんの……あ、身寄りがいないの?」
「いや、息子も孫もいる。奥さんはだいぶ前に亡くなっている」
「えーーーーーーーーー……で、何?」
「とにかく、一目会いたいというのが要望だ」
「えー……もうおじいさんなんでしょ?」
「何をするわけでもないさ。点滴をしていて、もう歩くのが精一杯だ」
「嫌よ、何よそれ……やだ。気持ち悪い」
「会って話しをすれば遺産が手に入るぞ?」
 巽はふふんと笑うが、
「だって大体ね、その写真が私だっていう証拠がないじゃない」
「お前と会う時は、弁護士にも同行してもらう」
「え……何? 私がお金もらった方がいいと思ってるの?」
「ないよりはある方が遥かにいい」
「ないことはないよ。真面目に働いてるんだから。でもね、そんなわけの分からないお金なんていらないし。もうね、その人が死んで私がもらうってなったらその家族の人がどんだけ怒るか、もう最悪だよ。嫌だよそんなの、いらない。
 私はお金なんていらいないし、そんな人に会わない」
「……そうか……」
 巽は珍しく肩を落として写真を一度手にとったが、やはり封筒の上に置き直し、胸ポケットから出したタバコに火をつけた。
「……久しぶりに連絡してくれて、何の話しかと思ったら……そんな話し……」
 香月は本音をぶつけた。
「悪い話じゃない」
 言いながら煙を、香月がいない方向にちゃんと吹き出してくれる。
「……そのお金、本当はあなたが欲しいの?」
「違う。本当にお前のためになると思ったから持ってきたんだ」
「どう私のためになるのよ……」
「生きていくうえで、金は必ず必要になる。そのための資金だ」
「そりゃそうだけど……」
「恩師でな……できればお前に会わせてやりたい。今まで自分が築いてきた財産をやるとまで言ってるんだ。よっぽどの想いなんだろう」
「ロリコンかな……」
「魅力的だったんだろう。この写真が。……まあ、実際会ってどう変わるかは分からんがな。もしかしたら、山根氏の中の創造した成長した姿と、実物の違いに、何か感じるかもしれないし」
 本心はそっちか……。巽の恩師、どんな人が見てみたい気もする。そんなチャンスはもう二度とないに違いない。
「……一緒に行ってくれるの?」
 香月は少し視線を上げて聞いた。
「もちろん」
 巽は即答する。
「何すればいい? 話しをするの?」
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