絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「質問に答えればいいさ。こちらから話すこともないだろう」
「うん……。でもさ」
「ん?」
 巽は短くなったタバコをガラスの灰皿でもみ消す。
「この写真見て、よく私だと分かったね」
「まあ普通……、がむしゃらに探すよりは、身近な方から攻めるだろう?」
「そっか……」
 香月はもう一度写真を手にとって眺める。
「全然覚えてない。こんな写真撮られたの。もしかして、盗撮かな」
「いや。ちゃんと真っ直ぐ見てるし、その距離なら間違いなく相手を見てるだろう」
「……あーあ……、ねえ、いつ行くの?」
「いつでも大丈夫か?」
「そりゃ……今って言ってくれた方が楽だけど。気が変わらないうちに」
「……確認する」
 巽はすぐにどこかに電話をかけはじめた。
 あーあ……、香月はソファにどかりと背をもたせ、溜息をつきながら、写真をもう一度見る。今日の巽が優しいことに申し分ないが、その理由がこんな写真のことだったなんて大いにがっかりだ……。
でも……もし、この写真が婚姻届であったならば、自分は印を押していただろうか?
一瞬の現実逃避。
巽が電話を終えたので、すぐに頭は元に切り替わった。
「約束を取り付けた。今から行く」
「あーあ……気が重いなあ……」
 香月は溜息をつきながらソファから立ち上がった。そして、もう一度、溜息。
 無言の巽とそのまま2人で風間が運転するいつものリムジンに乗り込み、40分ほど走ると、大きな古い屋敷に着いた。
 そこにとどまっていたのは、ほんの30分くらいだっただろう。
 古めかしい部屋に、お手伝いと、その老人、弁護士と名乗る男と、巽と自分の5人。居心地は最悪であった。見た瞬間から、老人は泣くし、死んでもいいとかずっとそんなことの繰り返しで、とりあえず言われるがままに右手を差し出すと、それを撫でたりさすったり、気持ち悪いことこの上なかったが、巽の手前、仕方ない。
 しばらくして老人が疲れたと言い出したので、次に会う約束を巽がとりつけて、その日は終わった。
 たった30分が長い長い時間だったような気がした。
 再びリムジンに乗り込んだ香月は、すぐに
「あーあ……なんか疲れたー」
 気遣うどころか、足を投げ出してまた、溜息をついた。
「あれでよかったの?」
「ああ、喜んでたじゃないか」
「……ふーん……」
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