絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

仮面のお茶会

 何もない冬の午後。コートを着てまで、用もなく出歩くことのない香月は今日、自分の機嫌がいかに不自然であるかを感じていた。
 石段の上を歩く、ブーツのコツコツという音さえも、気に障る。
 昨日、佐伯の子供を見てきたせいだろうか……と考える。
 佐伯は昨年11月初めに出産し、今は育休扱いで仕事を休み、育児に励んでいる。昨日見た子はまだ3ヶ月。同時に、西野の子はどうしているだろうという話になり、話はずっと弾んだ。
 佐伯の旦那は写真でしか見たことがないが、佐伯と同じくらいの年の同僚だ。
 いや、改めよう、佐伯は入籍したことで、苗字が変わった。
 今は最上春奈である。その夫、最上のことを香月は全く知らない。しかしこちらのことは、最上に知られているらしく、あまり良い気はしなかった。
 皆成長している。
 それは紛れもない、事実であった。
 子を産み、親になる。
 それが一般的な成長の仕方。
 だけど、自分は違う。
 香月は空を見上げた。
 自分はまだまだこれからだ……焦らなくても大丈夫、結婚したい相手もちゃんといる……。
 そう、何も間違ってはいない。ユーリだって、真藤だって独身。
 自分はまだ、完全には成長できてないから、子供を産んだってきっとうまくいかない。自覚している、そう、自覚しているのだ……。
 それに、自分は人よりもお金を持っている。
 先日、巽に指示されて作った香月名義の新規の通帳に、5億が振り込まれた。結局巽がうまく事を運んでくれたお陰で、ただ、老人に手をさすられただけでそれだけのお金を手にしたことになる。
 そういう素質が自分にはある……。
 人と同じでなくてもいい。
 胸を張ろうと、一旦、行き交う人に目を落とし、気づく。
 いつもと服装がかなり違うので、見間違いかもしれない。
だがよく似ていた。風間に。
 目の前で書店の扉を開け、中に入って行く。
 コートにセーターとジーパンという、いつものスーツではない、普段の私服。
 香月は暇にまかせて、足早に書店へと続いて入った。ここは、榊と運命的に抱き合った、あの書店ではない。
 ぐるりと辺りを見渡す。確か、黒のコートにジーパン……。いた。エロ本コーナーだと確実に声をかけられないと予測したが、そこはいたって普通の新書売り場であった。
 横からも後ろからも確認、間違いない。
「こんにちは」
 香月はいつになく上品に声を出し、相手の顔色を伺った。
「あ……ああ。びっくりしました、一瞬誰かと……」
「それはこっちのセリフですよ、スーツ以外のところ、初めて見ましたから(笑)」
「ああ、そうですね」
 風間はメガネの奥で柔らかく笑ってくれる。
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