絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 とっさにバックを落としてしまう。
 巽は、香月の膝を力任せに、強引に持ち上げた。
「えっ、あっ……えっ?」
 落ちないように、必死でその温かな体にしがみつく。
「逃げる時間は十分にあった」
 にっ、逃げるって……。
 そのままバスルームとは反対側の奥へ入る。その扉の奥には、天蓋つきカーテンの下にダブルベッドが一つ、置かれていた。そこへ、どすん、と落とされる。
「わあ!!」
「逃げられただろう?」
 巽は聞きながら、ベッドで硬直している香月の顎をぐいと自分の方に向けた。
 その距離からは、髪の毛の滴が香月の腕にぽたりと落ちる様まではっきりと見え、一層頭は混乱した。
「にっ、逃げるって……逃げるって……」
「部屋の中で待っていて、何も予想しなかったか?」
「ち、ちょっと、ちょっと待って下さい!!」
 顎の手だけでなく、脇腹にやすやすと入ろうとする、その太い右手首をがっしりとつかんで、香月は反論した。
「に、逃げるって、あの、逃げるとか、その……あの、いえ、あの、私は今日はこれからタクシーで帰ろうと思うんですけど、その、そんな逃げるようなそんな……あの、例えばそこから逃げるだなんて、そんなチケットもらっておいて、あの、お伴もしてもらいながら、そんな、そんなことは、できませんよ普通! だから、せめて、お礼を言ってですね……」
 その間も、彼の右手が動こうとするので、左手に力を込めて、制している。
「ち、ちょっと待って下さい!! 待って待って!!」
 更に、巽の足が香月の太ももの間を割ろうと侵入してきたのに気づいて、
「えっ!?」
 と、不安な表情が一層深刻になった。
「…………今日は楽しかったか?」
 突然、腕の力が弱まったかと思うと、彼は普通に聞いた。
「え、うん、まあ……」
 気持ちが通じたのかなと思う。
「それは良かった」
 え……。
 うそ……。
 巽の唇の感触。
 そして舌までもがすんなりはいってくる。
「え、あ……」
 悪いのは、私?
「何だ?」
 更に、首筋に舌を這わせながら質問をしてくる、そのいやらしさに大人を感じ、体がカッと熱くなった。
「わっ、私、彼氏がいるからっ!!」
 そうだ、今思い出す。そうだ、こんなところでこんなことをやっている場合ではない!!
「それが?」
 香月の心情に反して、舌と、香月の手首を押さえつける力はとどまることがない。
「い、嫌だって!」
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