絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「何を言い出すかと思ったら……」
 その夜、兄弟で食事が終わると同時に強引に約束を取り付けて、巽とたった一時間だけシティホテルで過ごすことに、成功した。こんな風にどうしても!とダダを捏ねたことはなく、まさか、巽が受け入れてくれるとも思っていなかった香月は、伝えればなんとかなるもんなんだと、少し学習した。
 だが、一時間では何をしている暇もない。
 午前零時、巽はさっと上着だけハンガーにかけ、ソファに腰掛けて、すぐにタバコを吸い始めた。
 香月も隣に寄り添い、静かに、言葉を発していく。
「今日ね……なんか、思ったんだ……代理出産なら、あなたが納得するかもしれないって。私的には、すごくいい案だと思うんだけどな……」
「……」
 巽はどんな反応も見せない。眉一つ動かさなかったとこに、もしかしたら聞こえてないのかもしれないと思ったが、視線がテーブルの向こうのカーペットにまで届いていたので、声だけは聞こえたものと理解した。
「だから……20年したら私おばさんになるし……それなら、今でも……」
「お前は何もかも承知で20年でもいいと言ったんじゃなかったのか?」
 昨日の今日だぞと言いたい巽の心が読めた気がした。
「いや、だから……だから、子供が産みたいとか、だから、一生のうち一度は子供が産みたいとかそういう気持ちじゃなくって。
だから、けど、どうせ作るなら、若い時の方がいいに決まってるし……」
何をどういえば伝わるのか分からなかったが、それでも一生懸命言葉にはしようとした。
「もういい」
 巽は乱暴に立ち上がると、タバコを灰皿にトンと置き、脱いだ上着をハンガーから引っ張る。
「え、なんで怒るの!?」
 巽はそのまま靴を履き始めた。
 まずい、このまま返してしまえばまた、音信普通になる!!
「ねえ、待ってよ! なんでそんなに怒るの? 私、なんか変? だって、私あなたが、納得する方法を考えただけじゃない!」
 大声は廊下にまで響いた気がした。
「その話は済んだ」
「済んでない」
 ドアに手をかけた巽の腕を、香月は引っ張った。
「本当にいらないの? 子供……」
「……俺はそのつもりで20年の話を聞いた」
「私は別に今すぐ結婚したっていいんだよ? だけどあなたが嫌だっっていうから20年って言っただけで……」
「だから20年待つんだろ?」
「そうだよ。だから……あなたが20年結婚しないっていうんなら、先に代理で子供作って待っててもいいって言ってるの」
「……そんなふざけた……」
「それでいいって私が思って、私が言ってるの!」
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