絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 無意識に下唇を噛んだ。目を閉じて、冷静に対処する。巽の気持ちは、そう、よく分かる。
「……あなたの仕事は忙しいし、危険な仕事もいっぱいあるし……。美人で大人でお金もあって、かっこいいから、女の人が色々寄ってきて……」
「俺はお前と違って自分のちゃんとした意思で動いている」
「そうだけどさ……。そうだけど……、年が離れてるからかな……なんか分からないけど、あなたが考えてることが時々分からなかったり、私だけ置いていかれたような、そんな気持ちによくなる」
 次第に論点がずれてきているような不安感に襲われながらも、何か喋って不安であることを伝えないといけないと思った。
「お前の考えが子供だからな。……それは仕方ないだろう」
「仕方ないって……。ねえ、座って話そうよ……ダメ? まだ少し時間あるよね?」
 今度は低姿勢で、優しく甘えてみる。
「……しっかり考えた方がいい」
「何を?」
 スーツを見つめることしかできず、自分の顔が怖いくらい固まっていることがよくわかる。だが、それと同じくらいおそらく、巽の表情も微動だにしていないだろう。
「お前が子供を産みたいのはよく分かっている。だが、俺の気持ちは変わらないだろう。それなら、お前はお前が納得する道を歩んでいくしかない」
「…………」
 自分の中でうまくまとめたつもりなのに、また元に戻される。
「……別れるなんて、嫌。絶対に嫌、できない。そんなこと、できない!」
 そんな理由で、そんなことで、巽を失えるはずがない。
「……しばらく、時間をおいて考えるか?」
 突然の優しい声に、香月は上を向いた。
「何? 会わないってこと?」
「それが一番いい」
「嫌、絶対嫌。あなたが私のことを好きなら、好きなら一緒にいてよ! 好きだから、私のためになるからなんて、そんなこと、あるはずがない。後悔なんて、後のことはどうでもいい、そんなことしないに決まってる!」
 そう言いながらも、巽と別れた後の後悔のことが頭を巡ってしかなかった。別れて後悔するくらいなら、子供を産んで後悔した方がずっといいに決まっている。
「冷静に考えろ。代理出産で生まれた子をお前は育てることができるのか? それでお前は納得するのか?」
< 198 / 318 >

この作品をシェア

pagetop