絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 ふっと気づいたときには、いつの間にかやってきたアジア人らしき男に、香月は話しかけられていた。
 若い男。アロハシャツに茶髪とサングラスで大体のことが分かる。日傘の香月がどんな表情をしているのか、またどんな会話をしているのか。
「……」  
 怒りを抑えつつ、サンダルのまま砂浜に出向く。
 砂が素足に入り込んで気持ちが悪い。
「でさ、あっちで皆集まってんだよねー」
 近づくと、会話の内容がよく分かってくる。
「でも私……」
 そんなことだろうと思った。
「帰るぞ」
 たった一言放つだけ。香月も若い男も一瞬で全てを理解し、会話を中断させる。
 香月は何も言わずに、方向転換し、後を付いてくる。
「あっちでね、合コンやってるんだって。こんなに朝早いのに」
 早足についてくるのが苦しいのだろう、息が上がってきている。
「……」
 もちろんそれには答えない。
「知らない人に話しかけられて困っちゃった。来てくれてありがと」
 バカが……という一言を飲み込む。決して彼女のせいではない。むしろ被害者だ。
「え、ねえ、もうホテル帰るの?」
 砂地からコンクリートに移ったが、それでもまだサンダルの砂が払いきれない。
「……」
「ねえねえ、あっちでジュース売ってたの。買いに行きたいな……」
「行かせればいい」
「えー……ジュースくらい自分で買いにいこうよ……」
 もう既に足はホテルの敷地内にまで来ていた。
「トロピカルジュース飲みたいのに……。ねえ……怒ってるの?」
 ここは怒るところではない。それは分かっている。
「いいや」
「だって……歩くの早い。ねえ…………私、ジュース買ってくるから」
 突然声が遠くなり、振り返った。
 香月は既に足を止めていた。
 一瞬で色々なセリフが浮かんだ。「さっきのことを忘れたのか!?」「一人では危ない」だからって「一緒に行く」はなかなか口から出ない。
「……」
 仕方なく、無言でホテルの方へ向き直る。
「ジュース買ってくるからねー!!」
 怒りを鎮めつつ、真っ直ぐ前を見つめて歩く。ジュース……さっきの近くに売っていただろうか…。
 金も持ってないくせに。
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