絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 思いなおして、振り返る。だがもうそこに香月の姿はない。
 慌てて足早に元来た道を戻り、門から出ると、こちらを向いていた香月にばったり会った。
「あ! 良かったー、お金忘れたの。持ってきてくれたの?」
「……言葉、喋れないだろ」
「喋れないけど、ジュースくらい買えるよ」
 香月はにこやかに笑っている。
 2人は1本の傘を差して再び元来た道を歩き始めた。
「なんか美味しそうだったんだよねー、トロピカルジュースってやっぱり日本みたいに炭酸なのかなあ」
「さあ……」
「飲んだことない?」
「ない」
「うそー、じゃあ2種類買って分けようよ。2種類あった! 一ついくらくらいかな。5百円くらいで買えるかな」
「そんなもんだろうな」
「お金いくら持ってるの?」
「ジュースが買えるくらいは持ってる」
「ねえねえ、朝御飯何食べる? ここら辺って何が美味しいのかなあ……」
 世間話をしているとすぐに小さな屋台に着く。
 予想通りジュースは5百円弱。もちろん巽が払い、青いのとピンクのと何味か分からないがとりあえず2種類頼み、なんとなく青い方のカップを受け取った。
 ホテルへの道を一歩歩き出すと同時に、2人はストローで一口飲む。 
「うわー、なんか濃いねえ、外国のジュースの味―」
「甘い」
「なんかあんまり美味しくないなあ。一つにすればよかった」
 既に香月は口をつけるのをやめている。
「ね、そっちのは?」
 カップを差し出すと、そのままストローに口をつけてくる。
「うわー、同じだね。色違い」
「……」
「え、ねえ、怒ってる?」
「何が?」
「だって……こんな不味いもん2つも買いに行かせやがってーって顔してる」
「ふ……そう見えるんならそうじゃないのか」
「えー、ごめーん、だって美味しそうに見えたんだもん」
 ホテルの門の前では、この熱いのに黒尽くめの風間が微動だにせずに立っている。
「あ、風間さーん!! ねえねえこれ一口飲んでみてください」
 風間は差し出されたピンクの液体が入ったカップと巽の顔を見比べた。
「甘いジュースだ」
 優しい解説。
「はあ……では……」
 風間はさきほど香月が口つけたストローに口をつけた。が、すぐに眉間に皺を寄せる。
「……甘いジュースですね」
「うんそう、甘いジュースなんです」
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