絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 言いながら、もう一度ストローを口元に充てるが、今度は子供は口を開かず、ふいっと顔をふってみせた。
「……小さい子がいたら大変だよね。保育園とかはまだなんでしょ?」
「俺んちはもう入れてもいいんだけどな。嫁さんが働きたいって言ってるし」
 その西野の口から出る「嫁さん」という単語にドキリとした。西野が、随分遠くに感じる。
「私はあと半年くらいで復帰することもできるけど、仕事と両立ってなったら絶対大変だし。だから3歳くらいまではやっぱ自分でみたいかなあと思ったり。一旦仕事辞めようかな……とか時々考えてます」
「え、そうなの?」
「まだ考えてる途中ですけど」
「今しか見てやれないからな。それもいいと思うよ」
 妻が毎日自宅で子供を見ているという西野の口調は、えらく大人だ。
 そこで最上の娘がぐずりだし、会話は一旦中断する。
 香月はできる限り、精一杯、他人の子に興味がある振りをして、自分が子供が欲しい振りをした。
 子供が欲しいと思ったのは嘘ではない。だが、今こうやって西野と最上が会話しているような子育てだとかそんな風に子供が欲しいと思ったわけではない。
 ただ……巽と自分の絆の確認として、子供という結晶ができるのなら……望みたいと思ったのだ。
 それは、特別。
 とても特別で、特別で、そんじょそこらの赤ん坊を産むということとは、訳が違う。
 違うはず。
 違う、べき……。
「そういや、ずっと宮下店長と香月のことが気になってたんだけどさ」
 西野のそんな噂話もさらっと返した。
 今、自分の中に必要なのは、巽だけで、後のことはどうでもいい。
 本当に、どうでもいいのだ。
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