絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

捨てられるよりマシだよ

 木漏れ日が眩しい並木通りで小さな白い手を握り、思う。この子のために、なんでもしてやれる俺は、ただのいい人なのか、と。
 西野誠二は、昨晩予定より遅く帰って来た妻を何もとがめもせず、ただ罵声を腹にしまったことを思い返していた。
 夫がいる平日、子供を夫に預けて自分が羽伸ばしをする妻。いいだろう。特に彼女はまだ若いし、友達とも遊びたいだろうし、どうせ何も用がない俺が、日がな一日わが子の世話を任されることくらい、何の思いもない。
 だがそれが、夫が仕事に出ている昼間、子供を有料託児所に預け、閉園時間を過ぎても迎えに来ない母親だったとしたらどうだろう。夫の携帯が鳴り、託児所から子供を向かえに来るよう要請される自分は、どうなのだろう。
 またそのことで、妻を咎めもしない自分は何なのだろう。
「ごめんなさい。母親がどうしても一緒にいてくれっていうものだから……」
 妻の母は癌で、もう長い間入院している。つまり、妻は子供を預けて見舞いに行き、そこで母親に泣かれでもして、泣く泣く子供をほったらかしにし……いや、託児所が紙に書かれた携帯電話に電話することを見過ごし、病院にいた。
「そうか……それは大変だったな」
 俺が妻に何をどう言えるか。それがよく分からない。
 妻は続ける。
「お母さん、また転移してるかもって。先生は何も言わないけどね、ただのお母さんの推測なんだけど……。
 それに、私も一度検査した方がいいとか言い出すの」
「そうだな。そういうのは早い方がいいだろ」
「そうよね」
 まるで、本当に見舞いに行ったかのようなセリフ。
 病院にミニスカート? いや、彼女は大抵ミニスカートじゃないか。
 手をつないで歩いていた息子は、突然俺を振り払って立ち止まり、歩道の真ん中で小石を拾い始める。
「陽太、もうすこし端っこに寄って」
 その体重丸ごとを掴んで歩道の端に寄せ、更に花壇の側まで持っていき、自分は花壇の周囲をぐるりと囲んでいるレンガの上に腰掛ける。
 何が楽しいのか、子供はただ石を集めながら、アリの行く道を指さすことに夢中だ。
「陽太、お昼何食べようか……、パパ……寿司がいいな」
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