絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 泊りに来なくなったせいだろうか。
 巽は、オフィスから見える夜景をぼんやりと眺めて、大きく息を吸い込み、白い煙を吐き出した。
 今月の香月は、妙にトーンダウンしている。会う時間もどうにかこうにか捻出しているのに、お決まりのように新東京マンションで身体を重ねた後、自宅に帰りたがる。
 仕事が忙しいというのを真に受けるべきか、どうなのか。
今日も、数時間後にはいつも通り東京マンションに迎えに行って、自宅に戻り、体を重ねる。
 しかしそれが、果たして本当に香月のためになるのだろうか。
 あの男、西野に会ってからずっと考えていた。
 先月、偶然ランチを共にすることになった香月の同僚西野は子連れではきはきとした接客に向いた男だと感じた。その、ランチでも子供とは血が繋がっていないと小さく漏らし、後になって香月に確認したが、なんとも甘く感傷的な話で、信じられないくらいのお人よしだと認識した。
 久しぶりにあんな小さな子供と食事などして、自分もいつもと違う感情を抱いているのは確かだと思う。
 だが、香月はそれ以上に抱いているに違いなかった。
 子供を産みたいと、再び言い出す気がしていた。
 そう言う香月の気持ちが分からないでもない。あのような幸せそうな雰囲気を見せ付けられたら、香月の立場のような人間なら誰しも思うのかもしれない。
 父親がいて、母親がいて、子供がいる。父は仕事で遅くに戻るかもしれないが、母親はいつも家にいて、側にいてくれる。食事や洗濯の面倒ももちろんみてくれる。そして、子供が寝静まった頃、仕事で遅くなった父親は子供たちの頭を撫でるためにそっと寝室へ入り、妻と共に食事をして3人で眠る。
 香月がしたいのは間違いなくそれだ。
 それが家庭というものであり、家族という者がするべきことであり、自らがしえないものだ。
 いつからか、確信している。自分が家庭を持つことはできない。
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