絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 香月に結婚やら子供の話をふっかけられ、多少嬉しく感じながらも、戸惑い、結局拒んだが、これ以上拒み続けるのも、香月の将来に傷をつけるのと同じではないかという思いが頭を巡り始めていた。
 20年待つという話を流してきたのではない。もちろん真摯に受け止めてきた。香月の顔も真剣そのものだったし、悪くない話だと、それなら自分にもできることだと約束したのである。
 今から20年付き合えたら、結婚する。
 その時はお互い、50、60近くになり、そういう結婚ならしても構わないと思ったのだ。
 だが、香月の内心はそうではなかった。
 香月を手の内においておきたいという気持ちは、もちろんある。時々仕事の邪魔をするし、存在自体が罪のようなものだが、それでももちろん可愛い。
 しかし、それ以上に、香月を泣かせることが、やはり嫌だ。
 家に帰ってこない夫を心配して、夜な夜な枕を濡らす彼女が、容易に想像できる。
 目の前の夜景に、香月のパジャマ姿が映った気がした。
巽はある一つの決心をして、ノートパソコンをパタンなと閉じた。もちろん大事な仕事は既に終わっている。
「どうされました?」
 資料整理をしていた風間がこちらを向いた。
「……今日の分は終わった」

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