絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「これね、昨日買ったばっかりなの」
 というセリフから始まった香月は、前回黙りこくっていた人間とは全く別人のように、いつも通りのおしゃべりが続く。
 気分の落差が激しいのも、不安を抱いている証拠だ。
「……それでね、そのテレビでね……」
 だたの世間話。一度聞いた話しを、忘れていると指摘されることもたまにある。
「えー、この前言ったじゃん! このコンビ二のプリンは美味しいって」
 言われて覚えておく必要もないこと。
「そうだったかな」
「まあ、あなたには関係ない話でしょうけどねー。コンビ二なんか用のない人にとっては」
 そのようなセリフにも慣れて、次々に笑い話が続く。
 思えば、香月が結婚したいと言い出してから、あんなに妙に真剣な表情をしたり、黙ったりするようになった。それだけ、結婚に対する焦りを感じているのだろう。
 こちらとしては、話題に乗りきれないまま、40分のドライブはすぐに終わり、自宅に到着する。
 今日の香月は気分がよほど良いのか、その短い間でも体をすり寄せ、甘い体臭を漂わせる。エレベーターに乗り込み、2人きりの密室になれば、すぐにでもキスをせがむ。
 とりあえず、応じる。
 せがんだくせに、すぐに膝の力をなくし、なだれるようにもたれかかってくる。いつもはそこで既に興奮してしまっている。
 が、今日ばかりはそんな気分になれなかった。
 しなだれかかる香月の腰を抱き、廊下を歩いて自宅へ入る。
 彼女はこちらの意見も聞かず、すぐに唇を再び寄せてくる。
 そこに軽く唇で触れる。
「靴、脱いで中入ろう」
「……ん……」
 既にうっとりした視線をこちらに投げかけ、再び腰に腕を回してくる。
 その体をどうにかリビングのソファに乗せて、切り離した。
 だが香月は、
「……ベッド……」。
 理性を失くしたわけではない。男として、そこで引くわけにはいかないと思ったのだ。
 すぐに上着を脱いで、彼女を抱き上げ、そこからしばらく、いつもの夜が始まったのである。
 いつもより長く感じた一時間。
 とりあえず香月は瞳をとろんとさせ、ぼんやりと真っ白いシーツにくるまっている。
「……疲れてるの?」
 こちらの状態を気にして香月は聞いてきた。
「いや……。話しておきたいことがあってな……。ちょっと」
 その、意味深なセリフに彼女は大きく反応した。
「、何!?」
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