絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 俯いた頬から、雫がぽたりぽたりとシーツに落ちる。
「捨てないで……」
 小さくて聞き取りづらいが、確かに「捨てないで」と彼女は言った。
「わがまま……言わないから……」
 今までわがままなど言ったことがあっただろうかと、苦笑と同時に無心で抱きしめていた。
「……もう……子供の話はしない……。だから……お願い……」
 すがるように、背中の肉を掴んでくる。
「いい子にしてるから、捨てないで」
 それだけはっきり言うと、声をあげて泣きはじめた。
 珍しく、自分が口にしたセリフを考え直した瞬間であった。
「………」
 かける言葉がなかなか見つからずに、ただ、香月の泣き声がむなしく部屋に響く。
「……、俺についてくるということが、どんなことか分かっているのか?」
 しゃくりあげるのをとめもせずに、彼女ははれぼったい目で見上げた。
「どうでもいい女なら、とっくに捨てていただろう。
 だが、お前だけは……夢があるのなら、うまくそれをかなえてやりたいと思ったんだ……」
「……」
 香月は俯いてまた胸にうずくまる。
 巽は、その体を強引に抱き寄せてベッドに横たわった。
「結婚しなくていい。子供もいらないから、ここにいさせて……」
「らしくもない」
 鼻で笑ってやる。
「その夢だけは捨てられんだろう。一生」
「……」
「いいか、手術だけはするな」
「じゃぁ捨てないで。捨てないでよ……」
 目を堅く閉じて懇願する様が、あまりにも惨めで。
「……、このままいても、お前が辛くなるだけなら何の意味もない」
「……捨てられるよりマシだよ……」
 香月は回した腕に力を込めた。
「このままでいて……。このままで……」
「……」
「それでいいの、今はこのままでいて」
「…………」
 今はどんな言い返す言葉も見つからない。しばらく沈黙が続き、小さな寝息が聞こえたのでよくよく覗き込んでみると、香月は涙を流しながら目を閉じていた。
それをそっと拭ってやる。そしてただ、襲ってきた眠気に逆らわず自らも静かに瞳を閉じるしかなかった。
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