絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 彼女だって、その魅力ある美貌を使えば、何だってどうにでもなるのに。
 車から降り、ホテルに入る。人が行きかう混雑したロビーに入るなり、いつもと視線が違うのが分かる。人々がこちらを見る目が違う。
 自分が有名なせいで視線を受けるのは慣れているが、それとはまた違う種類の視線を感じる。
 みんな彼女を見ているんだ。
 隣で歩くだけで、こんなにも優越感に浸れる。
 それを自覚した途端、このまま奪ってしまおうかと、不吉な考えも頭を巡ったが、奪おうとして、拒否され、結局今のこの状態になってしまったことを思い出す。
 店内に入り、海がよく見える見晴らしの良いビップ席に相応しい部屋を案内され、彼女が他愛もない話題を出すまで、ずっと自分の中の肥大した恋心と戦っていた。
「なんか最近ね、仕事も元に戻りたいなあってよく思っててね……」
 そんなことも、すぐにでも思い通りになりそうなのに。
「元って本社じゃなくて、お店?」
「うんそう」
 あそうか、多分そのやり方を知らないんだ。
「変な客着くからやめといた方がいいよ。デスクワークの方が向いてる」
「……電気屋ってそんな店じゃないじゃん。ホステスなら仕方ないけど」
「女の人が接客するんだから、ホステスも同じだよ。今の方が安全でいいと思うけどなあ。客に薬飲まされたって突然呼び出されたことがある僕が言うんだから、そんなに間違ってないと思うけど?」
 今もし、彼女に何かあっても、自分に連絡がくることはない。そう思うと、やはり同居を解消するのではなかった、という後悔の念が募ってしまう。
「(笑)、最近はもうないよ(笑)」
「だからそれは、本社の方に行ってからでしょ?」
「まあ、そうだけどぉ」
 彼女から提案した気に入りの店と言うだけあって、次々運ばれてくるテーブルの上の皿の中身を、残さず丁寧に平らげていくその様は、健康そのもので。
「元気そうだね」
「何で今更?(笑)。会ってからずっと元気だよ(笑)。しかも、そんな久しぶりでもないじゃん」
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