絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 目当ての物が見つかったのか、夫はしゃがみ、プライスを凝視し始めた。
離れようかどうか、迷う。
「子供も大きくなるたびに難しくなってくるし」
 何が言いたいんだろう、独り言だろうかと、とりあえず最上を探すために、少し背伸びをして商品棚の向こうに視線を走らせる。
「香月さんは独身ですよね?」
 ふいに上目遣いで見られて、戸惑った。
「え、ああ……そうです。もう27ですけど」
 できるだけ、愛想笑いをしておく。
「結婚なんかしない方がいいですよ」
 何が言いたい?
「恋愛の方がずっといいに決まってます」
 これが初対面に対する話題の出し方なのかと、内心かなり呆れた。
「あ、いたいたー」
 最上の場違いなほどに明るい声が後ろで聞こえ、すぐさま振り返ってそちらに寄った。
「あー、腕痛い。香月先輩ちょっと抱いてくださいよ」
 意味もないお願いに、どきりとする。
「え……いや、怖いよ。落としそうで」
「ちょっとー、抱いてよ。メディア買うの?」
 夫はメディアなど持たずに立ち上がり、
「いや、やっぱいいや」
 もちろん手馴れたように、わが子を抱く。子供は嫌がりもせず、ただされるがままに、今度は父親の胸の中にすっぽりと収まった。
「香月先輩も早く例の彼氏、見せてくださいね」
 最上はウインクする。
「あぁうん。またね」
 こちらもやけくそでウインクした。
 たった15分のこと。なのに、どっと疲れた。
 私だってきっといつか産む。
 だって巽が手術はするなって言ってくれる。そう言ってくれるからきっと、いつか……。

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