絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 6月下旬の木曜日。さらりとした暑さが初夏を感じさせるこの日、何故私は外へ買い物などに行ったのだろう。
 しかも、自宅から30分もかかるスイーツ店へ。
 朝起きてなんとなく美味しいプリンが食べたいと思ったが、近くのコンビ二の人気プリンで充分ではなかったか。
 だが私は、本能のままに開店直後のこの店へ来てしまった。
 駐車場に車を停め、外に出てようやく気づいた。
 隣に停めた車が、宮下のものであることに。
 そこから今まさに同じタイミングで、宮下夫妻が車から出て来ようとしていることに。
 知らないふりができないくらいの近距離。挨拶を、するしかない。
「お……はようございます」
 お疲れ様です、の挨拶は違う気がしたので、一般的な挨拶に瞬時に切り替えた。
「ああ……偶然。ここ?」
 宮下はしれっとした表情でスイーツ店を指したが、この駐車場はその店専用のものである。従って、それほど顔には出ていないが、相当驚いているようだ。しかも、妻はこちらをじっと見ている。
「え、あ、はい。ちょっと……」
「こちら、同じ本社の営業一課の香月さん。こっちが妻のサキだよ」
 宮下の紹介によって、もちろん初対面の2人は軽くお辞儀だけをする。
「いつも夫がお世話になっています」
 その腹は、明らかに膨らんでいた。
「こちらこそ、お世話になっています……」
「(笑)、なんかここのプリン人気なんだってな」
 宮下はすぐに話題を変えた。
「え、ああ、そうですね。私も滅多に買いにまでは来ないんですけど、ほんと偶然」
 一番に香月が歩き出した。その次に宮下、さらにその後ろに妻が腹を撫でながらついてくる。
 広い駐車場では、店までまだ少し距離がある。
「……」
 だが2人は何の会話も思いつかず、また、妻も無言でそのまま自然に店へと足を動かして行く。
 ほんの数十秒だが、息をしている自信はなかった。とにかく、ここから何事もなく、逃げなければ。
店へのエントランスへのたった二段の階段も、躓かないように、意識して昇る。後ろから見た2人からは、元気よくそこを上がったように見えただろう。
「気をつけて」
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