絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 子供を産まないのに、セックスをする。
 その、よくある一般常識的なことが、これほどにも汚らしく、おぞましいことに思えて仕方なくなったのは、明らかに最上夫妻と宮下夫妻の夫婦の証を目の前にしたからであった。
 きっと今晩も、巽は私を抱く。
 キスから始まって、体を上から下に愛撫して、避妊具をつけて、セックスをする。
 そのいつも通りの、既に当然となっていることが、突然腹正しく思えて仕方なかった。
 しない。
 今日は、絶対にセックスをしない。
 そう、心に誓い、巽が深夜帰宅するのを当然のようにソファで待つ。
 結局、香月の気が向いた時+巽からあらかじめ連絡があった時にこのマンションに泊りに来ている。連絡がない日にここへ来て、会える確率は半々くらい。それでも、できる限り食事の用意をして待つことにしている。自分が巽にしてあげられることを、増やさなければならないと考えた末の行動であった。
ただ食事を共にとり、隣で眠るだけで充分だと感じている香月は、自分の満足感を達成させるために努力をしなければいけないということを、学んでいた。
 巽がその辺りのことをどのように感じとっているのか知らないが、気のせいか、食事の用意のない日は、快楽を求めたセックスになり、優しさが欠けているような気がする。
だが、食事の用意があってもなくても、セックスをせずに一緒に眠るだけという時間を過ごすことに、一体どんな不満があるというのだ。
そもそも、香月的にはセックスしない恋人だっていい。その方が、ずっといいと思い始めていた。
 強く思い抜いたせいか、明日出社にも関わらずソファで一睡もせずに午前3時を迎えた香月は、鍵が開く音がすると、待ちわびて玄関へ走った。
「お帰り」
「ただいま」
 珍しく「ただいま」と言われ、その優しさのせいで、自分が体を開いてしまうのではないかと一瞬ひるむ。
「疲れた……」
 突然のキス。珍しくはない。なのに、今日ばかりはそれに酔いたくない自分が、舌の挿入を制してしまう。
「……たばこ臭い」
 時々ふざけて言うせりふ。
「そうか?」
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