絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 巽は何も感じていないのか、そのまま靴を脱ぎ、中へ入った。
 なんとなく無言になる。無駄な緊張が自分の中を巡っているのが分かる。
「……何だ? 今日はやけにおとなしいな。言いたいことがあって、ここへ来たんだな」
 見透かされたことを、心苦しく思いながら、
「……今日はテレビ見て寝そびれたから……疲れたのかも」。
 どう笑おうかさえ考えて、意味もなくソファを見た。
 目の前の既に温めるだけとなった変哲もない料理たちは、あまり美味しそうには見えなかったが、それでも、レンジの中へ抛り込むしかなった。
「この前ね……仲がいい後輩の旦那さんがお店に来て……、その日、私お店で働いてたんだけど。
 結婚はやめといた方がいい、恋愛がいいって。初対面なんだよ? 相手は私のこと見たことあるって言ってたけど。なんか、初対面でなんなの!? って、思っちゃった」
「誘ってるんだろ。要するに」
 巽は上着をダイニングの椅子に掛け、ネクタイと腕のボタンをを外しながら言った。
「え、違うよ。だって……そりゃ、2人きりでの会話だったけど、すぐ側に奥さんいたんだよ?」
「もちろん聞こえないのを確信して言ってるんだよ」
 話の内容などどうでも良さそうに、溜息まじりでワイシャツのボタンを下へ下へと外していく。
「……やだなあ、結婚した男の人って。不倫してる人、会社でも何人もいるよ」
「そういう奴は本命がいようがいまいがするんだよ。そういうもんだ」
「……あなたはどうなの?」
 精一杯大人びた声で言う。だが、ちょうど電子レンジの軽快な音にかき消され、雰囲気が一気に壊れた。
「どう見える?」
 しっかり目を合わせようとこちらを見てくれたので、こちらも答えるつもりだったが、耐えきれずに、レンジの扉を開けることにした。
「どう見えるって……」
ラップを外し、巽の前に並べながら話しを続けた。
「どう見えるって……どう……どう……」
 香月は目を泳がせて考える。
「……そんなに考えることか?」
 巽はふんと鼻で笑いながら続けた。
「どう見たってそんな中途半端な奴には見えないだろう?」
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