絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

個人の意味を見出すための目標と、ズレる会社の目的

 翌日の香西店長のシフトは確認していた。12時出社、香月と同じである。多分きっと、彼は11時半に来ると予想し、その10分前に出社した。まず、ロッカーに入り、着替える。
 すると、スタッフルームを横切る香西の姿が目につき、遠くから呼びかけた。
「香西店長!」
 11時半。この時間のスタッフルームはほぼ人がいない。
「何?」
「すみません、ちょっと相談があるんですけど、構いませんか?」
「うん、どうぞ」
 廊下で立ち話という内容でもないのだが、とりあえずは仕方ない。
「あの、私、最近考えていたんですけど、時計、これからどういう風にしていけばいいのか分からないんですけど」
 昨日考えた質問。
 香西は歩きながら「うーん」と唸った。
 目指すは店長室だろう。
「時計の試験をとってほしいと思ったのは、単純なスキルアップだよ。フリーで動くならより幅広い知識を持った方が自信がつくと思って」
「……あの、私……」
 店長室に入り、ようやく落ち着く。
「何か目標を持ちたいと思うんです。でも、それが何か分からない。どういう目標が自分にあっているかが分からないんです。だから、それを教えてください」
「目標……、今までは何もなかったの?」
「今まで……は」
「うん」
 香西はパイプ椅子を引き、上座に座った。
「今までは……玉越さんみたいななんでもできる存在になりたいなとは思っていました。あと、店長や副店長の補佐ができる存在になりたいと思っていました」
「なんか……その二つは全然違う気がするけど(笑)」
「そうですね……うーん、後者の方が近いかな……。けど、玉越さんは憧れでもありました」
「うーん……正直、今の状況からすると、これからも香月のフリーという立ち位置は変わらないと思う。フリー歴が長いのもあるし、もともと小さい店からきてるから慣れてるんだろうな、そういう流れの慣れを感じるし」
「はい」
「販売をしたい、とは?」
「あんまり(笑)、自信ないです、全く。接客がどうとかいうんじゃなくて、知識のなさに」
「でもそれは勉強しだいでどうにでもなる。時計だって実際何も知らなかっただろ?」
「はい……」
「フリーでいるのはどう?」
「はい、好きです。一箇所で立ち居地を決められたことがないので、決められたら多分苦しいと思います」
「その気持ちは分かる(笑)」
「(笑)」
「そうだなあ……。フリーでいたい以上は、幅広い知識が必要。そのためには、他の家電方面の知識がある方がいいにはいい。伝票ミスなんかをすぐに見つけられるし」
「……はい」
「家電の試験、受けてみるか?」
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