絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 芹沢は、今出会ったばかりのように演出された香月とのことを、ずっと思い出していた。印象的な見事に整った顔に、白い首が続いていく。長い髪の毛はさらりと揺れ、瞳を見つめていると、ついつい自分の物だと勘違いしてしまいそうになる。
「でもね……そんな本気だったら、刑事ってちゃんと言った方が良かったんじゃない? あんな変な名刺まで作ってさ。手が込みすぎてるとバレた時が辛いよ?」
 今回、香月に近づいたのは、完全な仕事のためだった。今追いかけているヤマの方ではない。昔からの、因縁の関係、巽光路の情報を探っているところへ浮上した名前であった。   少し調べてみると、不思議にもただの一般OL。大学卒業後エレクトロニクスに入社し、そのまま勤務している。会社での評判もよし、家族にも問題はない。
 ただ、付き合っている恋人がどうも巽光路らしい、というだけ。今日の「彼氏」というところからは何も見えない。
 だが、香月は香港マフィアのトップとも親しいという情報もあり、なかなかただの噂とも思えない。それは今日実際に今井に段取りしてもらって会っても、そう思わされた。外見が魅力的なのはこの上ない。そこに、2人がひきつけられ、愛人同様にしている可能性は十分に考えられる。
「編集者だなんて……、紺野なんて、名前変えるだけで大変じゃん。別に刑事って言ってもそんな引かないと思うよ?」
 今回、親しい今井の周辺にいたということもあって、今井にも嘘をつく形になってしまい、少し心苦しさを感じてはいる。
「まあ……一応、念のため」
「念って、ちょっと違う気がするなあ。あ、ケーキいらないなら私もう一個食べるから」
「まあでも、今回はいいきっかけになったし、ほんと感謝してるよ」
「あそう? じゃあ一週間くらいしたら今度は3人で何する? 何がいい?」
「何……」
「何がいいかなあ。ちょっとわくわくしちゃうわよね」
「まあ……」
「……なんか全然浮かない顔してるけど、何?」
「えっ、いや、別に」
「そんなんじゃまた逃げられちゃうよ」
 今井はもう3年も前に別れた彼女の話を未だに引きずってくる。
「香月さんのこと、プライベートはあんまり知らないけど、よく働くし印象いいよ。ものすごい顔きれいだしね」
「……確かに」
「奏ちゃん……今回絶対顔で選んだでしょ」
 今井は無邪気な笑顔を見せながら、皿をキッチンへ運ぶ。
「そういえば、今井さんとどこで知り合ったんですかって聞かれたから、大学でって一応答えといた」
「答えといたって、別に事実なんだからそれでいいじゃない」
「まあそうだけど」
「それにしても来週楽しみねー。次も私が誘うから、心配しないで♪」
< 257 / 318 >

この作品をシェア

pagetop