絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え……」
「嫌か?(笑)」
 香西はちゃんと笑っていてくれる。
「どうしよう……」
 まさかその苦手方面に話を進められると思っていなかったので、香月は今更ながら、焦った。
「次にスキルアップするとしたらそこかな。携帯も常駐定員として、とりあえず登録されてるし、時計もとった。次は大物家電。だけどとったからって販売には回せない。これは本当にスキルアップ、自分自身のためのことだから。それでもいいなら、すればいい」
「そんな私って、頑張ってると思いますか?」
 聞いて一瞬後悔。
 だけど香西は真面目に応えてくれた。
「売り上げナンバーワンが頑張ってるわけじゃない。頑張ってないわけじゃないけど。だけど自分自身のためにという意味では、時計のときからずっと頑張ってると思うよ。そんな質問に来ただけで十分思ってる。しかもその目標をちゃんと実行するのは素晴らしい。すごいと思うよ」
 べた褒めの羅列に少々困惑しながらも、
「どうしよう……何からしたらいいですか?」
「試験を受けたいなら、まず……春にあるけどそれは無理だ。流した方がいい。次が秋にある。ええと、9月かな。だからまだまだ時間はある。それまで……そうだな。どうしようかな……。とりあえず本で勉強をする。その、問題集があるから貸そう」
「あ、ありがとうございます!」
「で、そうしたらちらっとそのコーナーに寄ったときに、他の店員がお客さんとどんな会話しているか、それだけでいいから耳をかたむけるようにする。そんな繰り返しで大丈夫だと思うけどなあ、分からないことは聞いて?」
「はい!」
「さあ、行こうか、遅刻する(笑)」
 時刻は11時53分。12時までに打刻しないと遅刻扱いになる。2人は並んで店長室を出て、フロアに向かった。
「すみません、ありがとうございました」
「いや、良かった、ちゃんとした目標が見つかって」
「はい……。私、このままぼんやり仕事をしているのが嫌になって……。それなら、頑張って仕事をしていますって言えるような……言いたかったんです」
「いいことだ」
「私、もしかたら結婚できないかもしれない。だからせめて仕事を頑張ろうと思いました」
「え、なんで?(笑)」
 香西は大げさに笑いながらも、顔を顰めた。
「なんか昔からそんな気がしてたけど、年をとって実感してきた、というか」
「えー? まあ、理由はともあれ仕事を頑張ることは、いいことだと思うよ。……さあ、俺も今日一日かんばろ」
< 26 / 318 >

この作品をシェア

pagetop