絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

いかにも 榊らしい

 紺野との2人きりの食事から、ちょうど3週間たった8月半ばの水曜。今度こそ今井の幹事で、仕事帰りの3人は汗を拭いながら居酒屋に集合することができた。ちゃんこ鍋屋の全室個室になった気が利いた店は、まだ暖かい物が食べたくなる時期では到底なかったが、十分に繁盛していて駐車場がいっぱいだった。多分、昨日のテレビで流れていた、暑い時こそ鍋がいいのセリフに惹かれたに違いない。予約していて、本当に良かった、と今井はさっきから何度も一人頷いている。
 店の外で待ち合わせた3人は、談笑しながら障子戸の部屋の中へ入り、まず今井が長方形の木造りのテーブルの手前側、つまり下座に腰掛ける。すると、空いた座布団があるのは、今井の対面と、その隣になるので、この配置を一瞬疑問に思ったが、紺野がすぐに今井の対面に座ったので、香月は紺野の隣に位置した。話しの中心となる今井が一人でいた方が盛り上がるという計算なら、これは多分間違いではないが、上座に一番年下が座るという点では確実に今井が出だしを間違ったと言える。
 最近、今井と接するようになって思ったが、彼女は香月が思っている以上に普通の女性であった。嫌なことは嫌と言うし、言えない時はちゃんと我慢しているし、想像の中の、きどったり、独身女性を前向きに生きているとか、そういう雰囲気はこの時点では特に感じなくなっていた。
「乾杯!!」
 だから、このメンバーで食事に来ても、特に気遣いしすぎることもない。紺野も相変わらずこの前のような普通のスーツだし、クールでほぼ無言だ。
「実はこの前、偶然紺野さんとお会いしたんですよ」
 紺野は右隣のこちらを向いて、少し驚いた。
「えっ、どこで!?」
 今井は必要以上に驚いている。
「東京タワーです。展望台で」
「そうなのお!? すごい! 偶然ね……え、2人とも1人だったの?」
「いえ、私は彼氏とデートしてて。紺野さんもどなたかと一緒だったんですか?」
 巽が「気を付けた方がいい」と言った言葉が何度も頭を回る。
「いや、ちょっと仕事で取材がてら……」
 鍋を見つめて言うその適当な返しは、ごまかしているのか、それとも、言いにくいことがあるのか。
「へえ……」
 今井は空腹なのか、鍋に箸を入れながら気のない相槌を打った。
「あの……その彼氏とは長いの?」
 次に今井はバックから携帯を取り出しながら聞いた。
「まあ」
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