絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「香月さん自体は結婚願望とかないの?」
 今井はこちらを見てはいない。だからこちらも、真剣に返さなくていい。
「ありますよ、普通に。でも、今の彼氏が結婚しないって言うからしないだけで。するって言ってくれたらしてると思います」
 自分の中で、今井をある程度認めていると自覚した瞬間であった。
「あ、彼氏がしないって言うんだ……」
 手を口に当て、ハッとした表情を作ったが、別に、結婚もしていない今井なら言ってもいい。
「だから今は……今がよければそれでいいかなって。年とって子供がほしくなったらどうしようとか色々思いますけど」
「年とっても産めるよ」
 その口調はいつになく力強い。
「私だってまだぜんぜん諦めてないし、その人の子がほしいと思ったら、無理矢理でも作れないことはないし。だから私も、本当に好きな人ができて、でも結婚できなかったら、その人の子供だけ育ててもいいなって思うの」 
 その意見は実にリアルな気がした。
「好きな人、いるんですか?」
「いると言えばいるけど、いないと言えばいない」
「いるじゃん」
 紺野が久しぶりに口を挟んだ。
「うんだから、いると言えばいるのよ。だけどまだそんなんじゃぜんぜんないというか」
「どんな人なんですか?」
 今井は10秒ほど黙る。と、同時に部屋が鍋の中が煮える音だけになった。
「昔の彼氏。最近偶然再会したの」
「なんかロマンチックですね」
 自らのことを思い出す。
「昔はそれほど思わなかったけど、今会うとものすごく素敵な気がしてね……。向こうは私に興味ないっぽいけど」
「時々会うんですか?」
「ううん、連絡先も知らない。ほんと、偶然、病院で会ったの」
「お医者さんですか?」
 まさかと思いながら聞く。
「うん、そう」
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