絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 鼓動が早まった。しかし、医師などこの世に五萬といる。
「いつ頃付き合ってた彼氏ですか?」
「大学の時。だからもう15年くらい前の話。その頃からだときっと、人間多少なりとも変わってるとは思うんだけどね」
「……え、今井さんも医学部だったんですか?」
「ううん、友達の紹介みたいな。飲み会で知り合ったし、私は経営学部だったの」
「そうなんですか……」
「ほんと、めちゃくちゃ格好いいの。年とったけど、それでもいいの」
「思い切って、連絡先聞いたらどうですか? あの、病院の裏で待ち伏せしたりして……」
 言いながら無様だと思ったが、悪くないアイデアではある。
「もうね、そんな年じゃないのよ。そんなこと、格好悪くてできないわ」
「別にそんなこと……」
 なんとなく紺野と目が合う。
「妻子持ちなの?」
 紺野と今井は一度目を合わせたが、
「知らない。けど、結婚した噂は聞いたから、まだ結婚してるんじゃないかな……」
 本題はそこのようだ。
「だからちょっと。危険な感じがするでしょ?」
 今井は笑ったが、2人は笑わなかった。
「あの、宮下店長の同級生の方がお医者さんだって言ってましたけど、まさかその人じゃないですよね?」
「うん、年が違う」
「あ、そうか……その人は桜美院だって言ってましたけど」
 まさか、まさか、榊の名など出るはずがない。
「え、あ、そう……」
 今の返事ではどちらともとれない。仕方なく香月は、今井の元彼氏が榊だという、考えても仕方のない妄想を、忘れることにした。
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