絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

何もない日常

1ヶ月……4週間……30日。という長い長い時間がようやく終わる。
 その喜びを噛み締めて、香月は会社のロッカールームでワンピースに着替えると、さっそうと階段をかけ降り、ある黒塗りの乗用車の後部座席に乗り込んだ。
「こんばんは」と、とりあえず挨拶はしたが、相手は無言。行き先を告げる行為は不要。この車はタクシーではなく、主導権は運転手でも後部座席の香月でもなく、巽にあった。
 巽が部下に手配させた車でホテルのディナーに向かうことなどこれまで一度もなく、今彼がどれほど忙しい中で、時間を割いてくれたのかがよく分かる。
 中央ビルから20分ほどで国際ホテルに到着し、エントランスで車を降りると風間がすでに出迎えてくれていた。
「こんばんは」
 今度はにこやかに挨拶をする。風間はそれに笑顔で答えた。
「最上階でお待ちです」
 目指すはディナー。だけど多分きっと、2人の目的はその後のスィートルーム。
 香月は逸る気持ちを抑えながら、風間と2人エレベーターに乗り、巽が待つテーブルへと急いだ。
 レストランで巽は、予想通りビップ席を構えて優雅にワインを飲んでいた。
「久しぶりだね」
 巽が先に着いていると知ったときは、「遅れてごめんね」をまずに言うつもりだったが、いざ本人を目の前にしてみると、それしか言葉が浮かばなかった。
「そうだな……」
 巽はグラスを置いて、こちらを見た。
「1ヶ月ぶりだよ! ……今日は朝まで一緒にいられるんだよね?」
 それは昨日電話で確認したことであったが、もう一度念を押した。
「朝方だな。3時には出る」
「そっか……。寝る暇ないね」
「何回トランプをする気だ?」
 いつも通り巽はいやらしい顔をして、じっとこちらを見つめた。
「2人だから、トランプだときっと何回でもできるわ」
 香月は精一杯大人びた返事のつもりで、髪を払う。巽は何がおかしいのか、上機嫌に笑った。
 この1ヶ月、電話もほとんどかかってこず、かけても出てもらえない日々が続き、今井をはじめとする同僚と、ちょくちょく飲みに出ていた。誰もつかまらない日はユーリ、真籐を誘い、珍しがられたほどである。
 だかれそれもここまで。今日で多分忙しい仕事は片付き、明日からは今まで通りの生活が始まる。
 結婚しないと2人で決めた香月にとって、今を楽しむという点で、デートの時間はかなり重要なポイントであった。それ以外に何もないと言い切ってもいい。
 1時間ほどで食事を終えた2人は、エレベーターで下って部屋へ入り、そこから巽らしいと表現すればよく分かる、大人の甘美な時間が始まったのである。
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