絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 つまり、女の隣にいる巽光路は、こちらに気づいていないのか、女性の隣にいながらまっすぐ前を見つめ、淡々とロビーを横切り、エントランスへと向かっていた。
 仕事の関係だろうとは思う。
 その女性と何かの関係があるなんて、そんな人じゃないと思う。
 だけど、今は香港で仕事じゃないの?
「あ、あの人この前雑誌で見たことある」
 後ろから聞こえた今井の声にどきっとした。巽がまさか、雑誌に出た??
「え?」
「あの女の人、名前はなんだったか忘れたけど、四対財閥の長女ですごい美人でやり手なんだって」
「よつい……」
「日本でも有数の財閥だって書いてあった」
 今井は自分で言っておきながらも、その一瞬で興味を失くしたかのように、さっと引いてどこかへ消えてしまう。
 巽は多分、こちらの存在に気づいていない。
 黙っていれば、気づいたことを知られることはない。
 だけど、どうして。
 日本には帰って来られないと言いながら、今こんなに堂々と、高級ホテルのロビーを女の人となんか歩いているのか。
巽達が乗った車はすぐにホテルの前から消えていく。
 だが、それでも今かけなければ、数時間もすれば香港に帰ってしまうかもしれないと、バックから携帯電話を取り出し、番号を押し、小走りで人がいない場所へ向かった。靴擦れをしていることを、この時だけは忘れて。
 だが、彼は電話に出なかった。
 コールを12回鳴らした。
 車内でなら、いつもの彼ならおそらく気づかないことはないだろう。
 だが、彼は出なかった。明らかに、自らの意思で出なかった。
 ねえ、何で?
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