絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 だからその夜は思い切り泣いた。
 電話もかかってこないし、疲れていたし。明日は仕事だけど、もちろんそんなことどうでもいいという気持ちで、泣き続けて眠りに落ちた。
 なのに、朝起きたらいつも起きている時間の30分前で、早くに寝たせいかいつもより寝ざめがよく、目が冴えていた。仕方なく、早起きしてシャワーを浴びることにする。
 鏡を見て思う。到底コンタクトが入りそうな目ではない。
 仕方なく、外出用のメガネで行くことに決め、普段通りの生活に戻った。
 携帯を二度開いたが、巽からの連絡はまだない。
 発信履歴は確かにある。四対財閥の長女の名前をインターネットで調べたその履歴も残っている。
 夢ではない。巽は香港に行くといいながら、日本にいた。
 もしかしたら、一時帰国していただけかもしれない。だが、現に連絡は入っていないし、こうやって、一度連絡をしたのにも関わらず、かけなおしてくれることもない。
 時間はそのまま過ぎ、午後6時に仕事は終わり、いつも通り心身共に疲れ果てていた。たが、それでも食事に出向く気になったのは、尊敬している兄との約束があらかじめあったからではない。場所が、高級レストランだったからだろう。
 本場イタリアの直営店として、国際ホテルの中にオープンしたレストラン、Restaurant Sky Tokyo。その前評判はかなりのもので、雑誌やテレビなど、さまざまな方面でとりあげられ、オープンから連日客足は途絶えない、らしい。
 そんな有名店の予約ですらすっととってしまう夏生は、相変わらずスマートだと感じながら食事に望んだ。
「な……んで、ビップルームなの?」
 こんなとき、10離れた血の繋がらない兄の本当の力を実感させられる。
「当然だろ、一般人じゃないんだから」
 一般の定義を兄の中でどう定めているのかは知らないが、彼は自信に満ちた表情を浮かべ、堂々とナプキンを広げ始めた。
 確かに、駅前の巨大なショッピングモールを経営しているのだから、一般人とは違うのかもしれない。けどそれは、兄の目から見た自己満足の視線であり、香月からすれば、ただの一般人に同じであった。
「正美も呼べばよかったのに。……あんまり喜ばないかもはしれないけど」
「……ま、とりあえず食事をしよう」
「とりあえずって何?」
「その後話しをしようという意味だ」
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